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2022年8月28日日曜日

ネパール、カンチュンナップ/アビ 北壁 2022年

 


ああ、山っていいものだな。そして景色が最高だ。

そんな風に感じていた。こんなに穏やかな気持ちは一体いつぶりだろう。

今まで誰も登ったことのない壁を登りきり、ヒマラヤに自分達のラインを引けたという喜びもあるが、それ以上にパートナーと共に純粋に山を楽しんでいる、それが何より一番の喜びだった。

2022年4月23日午後4時、僕たち二人は晴天のカンチュン・ナップの頂上に立っていた。








はじまり


パートナーの山田からヒマラヤに一緒に行かないかと言われたのはもうかれこれ5年以上も前のこと。

その申し出に即答できない弱い自分がいたことは紛れもない事実だった。

言い訳は色々あった。

なれない外国での生活の苦しさ、仕事の忙しさ、自身の登山に行く時間の少なさなど挙げればキリがないほどだった。


正直言って僕はクライミングのモチベーションもすごい高いわけではないし、山岳会などに入ってちゃんと学んだこともない。


山で食べていきたい、それが僕の山の原点であり、今も変わらないものだ。

18歳から山小屋で働き始め、高山植物の保護、登山道の整備、はたまた遭難救助まで僕の山は全て仕事として携わってきた。

カナダに来てからは日本人初のACMGマウンテンガイド(国際山岳ガイド)になることが目標だったし、仕事でない時に山を登るのは仕事の精度を上げるため、または試験に受かるためという部分が大きかった気がする。

こんな自分が今更ヒマラヤに、それも未登の壁を登りに行くとは考えもしなかった。


さらに通常、若い頃に限界を押し上げる自身の登山をし、その経験をもとに山岳ガイドを生業にしている方々に出会ったことは多々あるが、僕のように仕事から山に入り、40歳を超える年齢で大きな壁にトライするのは、順番が逆というかあまり聞いたことがなかった。


また山岳ガイドというのは危険を遠ざけ、安全を担保するプロフェッショナルという考え方がある。カナダでは僕たち山岳ガイドはリスクマネジメントのプロであると説明しているくらいだ。

その僕が、不確定要素が一番高く、しかも排除する方法が少ないとも言えるヒマラヤ登山に行くというのは甚だおかしいことのようにも思えた。


そんな僕の心境の変化があったとすれば、コロナ禍で時間ができ、最終試験も合格できたことがた大きかったかもしれない。

またこの20年以上、職業として一年の大半を山で暮らしてきた(標高2000〜3000m)経験、カナダで学んだ雪崩の知識、そしてアイスクライミングと氷河登降の技術。

それら全てを試してみるにはヒマラヤほどうってつけの場所はない、もしかしたら僕だけが感じられる登山の形もあるのではないかとも考えはじめていた。

そして僕はようやくその重い腰を上げたのだった。





頭でっかちの先に


いざヒマラヤ登山に行くと決めてから全てが順調だったわけではない。

とりわけ目標を決めるのにかなりの時間をパートナーの山田と費やしたと思う。

僕は目標を決めるにあたって大きく分けて3つの条件を出した。

1、雪崩の危険度が少ないこと。

2、代替え案があること。

3、自分達が今まで実践してきた登山の延長であること。


1、雪崩に関しては、壁の形状、上部の雪の斜面有無、雪庇や懸垂氷河の有無、その危険度など、そしてそれがライン取りによって比較的自分達でコントロールできるものなのか、はたまたロシアンルーレット的なものなのか。(もちろんロシアンルーレットなら行かない)

僕は山で何人かの友人を雪崩で失くしている。

日本の雪は世界的に見て比較的安定性が高く、他の国に行くとその部分でやはりコンディションを読み違えることが多い。カナダでは一週間降雪がなくとも雪崩れることはあるし、雪が少ないエリアの方が雪崩やすいと言われている。これはなかなか日本では理解されないかもしれない。

海外での日本のトップクライマーの事故の原因が雪崩が多いのも残念ながらこれに関連する部分が多いと思う。

僕はその経験から山の上部に白い雪の斜面があるような壁は選ばないように心掛けた。


2、代替え案に関していうとコンディションが悪かった場合の同じ山でトライできる違うラインはあるのか?他の山に転戦ができるエリアなのか?許可の関係は?など。

山は生き物で常に変化する、ヒマラヤのように大きな山なら尚更だ。

プランB、Cの重要性は明らかだった。


3、僕は自分達が普段している登山をヒマラヤでやろうと決めていた。

ヒマラヤは基本、海が隆起してできた堆積岩がメインの山域で北壁の登攀は基本アイスクライミングの技術がメインになる。

僕たちが住んでいるカナディアンロッキーも堆積岩の山域で冬はアイスクライミングのメッカと言われている。同じ技術が使えるのは明白だった。

また僕たち二人は6000mのピークに過去トライ(歩き)したことがあり、その標高で動けることもわかっていた。

やったことのないことは本番にやらない、というか出来ないと考えている。

僕は予想外のことに弱い。なので今回のように大きな山ではその予想外のことが1や2つしか対処できないだろうと経験上知っていた。

標高が高い場所でのテクニカルなクライミングは初めてだが、それだけが未知なる部分であって他を同じような環境にしていればきっと楽しめるはずだ。


これらが全て当てはまる山はそうそうないが、時間をかけて目的になりそうな山を探していく。

登りたい山に何があっても登る、出たとこ勝負、行ってみてなんとかなるは僕の職業上通用しない。

時間をかけ、しっかり調べて準備する過程はヒマラヤだけでなく、どんなタイプの登山にも通じる部分があると感じた。


そして今回の登山を一緒に行くにあたり、二人の中で意見が割れた場合、たとえそれが納得できない理由であれ安全な方を選択すると承諾してもらった。

これは僕の職業柄、一般の登山者に比べかなりのセーフティーマージンをとっているのもあるし、情けない話ではあるが実際壁を見て臆病風に吹かれて行かないという意見を言うのは自分だろうと考えた結果だった。

これらの条件をもとにじっくり考えた中で一番それに近いピークが今回選んだカンチュン・ナップ(6090m)北壁だった。





ビスターリの真の意味


目標を定めてからは準備やトレーニングは順調に進み、いざネパールに向かうフライトの当日。

航空券の名前の手違いがあり、このまま飛行機に乗ると入国できないかもとのこと。

こういうトラブルはきっとあるかなと考えていたので対応できることはして、あとは運任せ。

なんとか入国したもののカトマンズについてからも沢山のトラブルに見舞われた。(コロナ禍の影響もあった)

しかし、もはや発展途上国で時間通り、計画通りに行くわけがないとのんびり構えていた。

僕たちは当初計画した日程より10日分多めにとっていた。(その分ビザの申請等余計にお金はかかるが)

いくら自分達が万全の準備をし、山がいいコンディションでもうまく行かないことはある。

これは長らく日本を離れていたから得た経験からだった。(日本ほど全て時間通りに行く国の方が少ない、それは先進国であってもだ)

その甲斐もあって、待ち時間は僕は現地の人たちといろいろな話をする機会をもらって、旅自体を楽しんだ。

余談ではあるが9年間カナダで苦労して大嫌いだった英語がこれほど旅を豊かにしてくれるとは考えもしなかったのだった。


また、これが絶対に登るぞという高いモチベーションだったら僕の場合、きっとイライラしていたに違いない。

若かった頃にはなかったこの感覚。

人がどこを登っただの、短期間で低予算で要領よく海外登山しただの、もはや関係ないことだ。

書物や人の話を聞いて頭で理解するのと経験を得て理解する差はやはり大きいものだなと年月の重みを感じた。

ネパール語でゆっくりという意味のビスターリ。これは登山のペースだけでなく旅全体を指したことだったのだ。


ようやくキャラバンが始まり、ヒマラヤの高峰を見ながらのトレッキング。

素晴らしい景色とシェルパの優しさにも触れカトマンズでのトラブルが嘘のように順調に進む。

今回僕らの目指す山はゴーキョというトレッキングのゴールの最奥の村から東に数キロのところにあり、まずゴーキョを目指すことになる。

メインのエベレスト街道ではなく、ターメ(シェルパ族第二の村)側の静かな谷を進み、レンジョ・ラという標高5300mの峠を越えゴーキョに入ったのはヘリでルクラに飛んだ5日後のことだった。





臆病者の真価


実際に山を見るまでは過去に登ったパーティーの記録や写真などでしか想像することができないのが海外登山の難しいところ、そして醍醐味だと思う。

僕たちも当初予定していた氷のラインは暖冬の影響で断念せざる得なかった。

だが当初からバックアッププランを作っていたのが、すぐに役にたった。

その後、山の懐に入ってからは壁のコンディションのチェック、高度順化と下降の下見など、一般登山者が入らないであろう渓谷や尾根を歩き、ゆっくりと目標の山を観察していった。

歴史も踏まえ研究し、全方位調べ上げる。こんなに一つの山を登るのに時間を使ったことはなかったかもしれない。怖がりの性格が故に手に入れた、思いもかけない幸せな時間だった。

それと同時に今の自分達の力で登り切れるのではないかという少しの自信も湧いてきたのだった。


4月21日、ゴーキョを出発し登り始める。

ゆっくりと、だが確実に高度を稼いでいく。困難な箇所も想定した範囲内だ。

登っている間もパートナーと山の状態だけでなく自分の体調、感情などコミュニケーションを取るように心掛けた。

びびっている自分を相手に理解してもらう、これも登山の一部だ。

僕はパートナーと競い合っているわけではない、自分の休日を共に楽しんでいるのだから。

そして冒頭にあるように気づけば頂上に立っていたのだった。


結果として、幸運にも最高といっていいほどのコンディションと天候に恵まれ僕たちはカンチュン・ナップ北西壁を初登することができた。

それは本当に幸せなことであり、自分たちの目標を達成できた喜び、

そして20年以上、山を職業としてきた経験を出し切れたという自分なりの満足もある。


だが今回のヒマラヤ登山で一番得たものは、自分にとっての山の楽しみ方を再発見できたことだった。

登山というのはクライミングの難度だけでないということ。

自分に合った登りたい山を見つけ、計画を作り上げ、数字だけでは測れない技術や経験を使い、乗り越えていく部分が大きいということ。

当たり前のことだとは思うがクライミング自体は残念ながら才能や身体能力といったものが多く占める部分がある。また数字で表されるため誰が見ても理解しやすい。

だが技術や知識は誰もが学べ、それらの経験を使い自分の限界や未知の部分に一歩踏み出す面白さ、これも登山の楽しさということに改めて気付かされた。


困難な壁を超え未登の頂に立つ。これが登山の原点だ。

しかし難度を追わなくても、登りたい山を見つけ知識や技術の限界に挑戦するのも登山の一つの形だと思う。

今後、僕は山岳ガイドとして、その数字では表せない危険を回避する方法や安全に山を楽しむ部分をいろいろな方々に伝えていければと考えている。

そして違う国のどのような場所にいても、自分らしく山を登り続けていくつもりだ。



今回の登山は、モンベルチャレンジ、日本山岳会の海外登山助成金制度を使い行われました。



装備

2021年 カンチュン装備表
名称個数メーカー値段現地購入備考
クライミングギア(2人分)
ノミック3トシ2、タケシ1
クオーク2タケシ2
ダート2
キャメロット.2 to 3 ×21セットずつ
ナッツ2セット1セットずつ
ピトン10現地
ナイフブレード 6、アングル2、ロストアロー2
スノーバー2日本
スクリュー14
10㎝4 13㎝6 17㎝2 21㎝2
ハーフ(ツイン)3トシ2 剛士1
カラビナ40
スリング60126ずつ
スリング12063ずつ
スリング18021ずつ240・180each
捨て縄20m現地現地
ハーネス2
アイスクリッパー8
Vスレッドフック2
マイクロトランク2
安全環ビナ104つはペツル提供3つずつ用意
アタックザック2ミレー40L
アプローチザック280L
ヘルメット2
ポール4
BDウルトラライト
アッセンダー1
キャンピングギア(2人分)
テント2.5人用?2モンベル特注

ツェルト1
ジェットボイル1モンベル
寝袋2モンベル
寝袋(BC)2モンベル

マット2
マット(BC)2
コンロ(BC)1
クッカー(BC)1
サーモス9002モンベル
サーモス中2
ソーラーパネル
双眼鏡1
ガス缶(BC)6現地一日中1缶
   ガス缶(アタック)4現地一日小1缶
ヘッドランプ3ペツル予備1
ウェア類アウター1各自
1人分ミッド1
インナー2
厚手ダウン1
薄手ダウン1
ダウンパンツ1
ビレイグローブ2オーバーミトン毛手袋
登攀グローブ2テムレス革中厚手袋
アウターパンツ1
タイツ厚手1
タイツ薄手1
高所靴1
アプローチシューズ1
サングラス1
ニット帽1
目出帽1
靴下3
パンツ下着3
ドライメッシュ1
アプローチ用手袋1
非常用ギアインリーチ
予備アイテムダート トウベール2
ダートバックベール2
アックス グリップ1
ピック2
リペアテープ各自
テーピング各自
針金現地現地





2021年6月10日木曜日

アルパインクライミング 考察 ファーストアセント

 


20年以上細々と氷と雪のアルパインルートを登ってくると少しずつ見えてくるものがあり、

どのようにして自分が登りたいルートを決定しているか、少なからず基準というものがある。

特にファーストアセントやハードルートのリピートになるとこれらを考慮して行う場合がある。

ちなみにアルパインクライマーはこれらのことを本能的にしている部分が多くあり、先輩方からすれば当たり前のことだとは思うが、説明するのは実はなかなか難しかったりするものなので今回文字に書いてみた。


近年、スポートクライミングやボルダリングの世界の発展が素晴らしい。

多くの危険を排除することによりスポーツとして肉体の限界に挑戦する。まさにオリンピックがいい例だろう。

それに比べて雪と氷のルートは危険だ。自分自身でコントロールできないものが多すぎる。

だがその中でも危険の確率を減らすことはできる。

そしてまた絶対になくならない危険性もある。それらを理解した上で雪と氷の壁に向かって行くクライマーというのは未知の部分に踏み込んで行くまさに冒険者だと思う。

そしてそれが登山の本質ということは忘れてはいけないことかもしれない。

グレードでは表せない違う難しさを今回できる限り掘り下げてみたいと思う。

また、これから若い世代の人たちがヒマラヤ、アラスカなどの未登の氷雪壁をトライするとき、少しでも安全な(簡単ではない)ラインを選べるアイデアになればと思う。



アルパインルートの選び方まず最初に地形を見ることから始まる部分がある。

大きく分けて3つに分けれれると考えている。

1、オーバーヘッドがない、または小さい。これが第一段階である。

ルートの上部、抜けぎわ、中間に雪面がある(雪崩れる可能性がある)

また、その大きさと形状。(小さければそれほどの威力にならない場合もある)

さらに雪庇、セラック、懸垂氷河の有無(その大きさ、そして雪庇自身に日に当たるのか?など)

2、アンダーフットが安定している。アプローチの雪の斜面の有無または大きさと形状。

登るラインの下側に崖やクレバス有無は万が一滑落や雪崩に流された場合の事の顛末に大きく影響する。

もちろん、これら全てを避けれるルートは少なく、どれかは許容することになるのだが、

雪庇の崩壊の確率と自分の真下が雪崩て流される確率は違うものだし、さらにその結果がかなりの確率で最悪なもの(死)なのか、流されても下がただの雪面なら助かる可能性が高いのかでは許容範囲は大きく異なる。

3、プロテクション

ほとんどの人はここを重視するはず。

岩質(カムやナッツが使えるのか)、氷の有無は登るという面ですごく重要であり登りきれるか、雪面の有無?(雪のクライミングは比較的簡単だから弱点として捉えるが、プロテクションや雪崩で考えると危険かもしれない)、トラバースが必要なのかなど、核心のピッチはどれくらいハードでどれくらいの長さなど、タクティクスに大きく関わってくる。

だがこれは私にとって三番目になる。なぜなら上の二つのどちらかが悪ければ、死ぬ可能性が非常に高く、ロシアンルーレット的な登り方をせざる得ない。(いいか悪いかではなく、その人のこだわりだが、自分が登れたとしても第2登される可能性は少ない。リピートされないのが悪いというわけでなく危険だからということは初登攀者は理解しておいてもいいところだと思う)

また、昔登られたルート(第2登されない、また数名のクライマーがトライしたが登れないライン)が登られない大きな理由としては、大きな懸垂氷河の真下を登っているルート、ラインの上部に大きな雪面のあるルートなど、登りの技術や実力関係なく、死を招く結果になることが多い。

また地球温暖化の影響でその地域の雪質が変化したり、氷河が後退し形状が悪くなるなどいろいろな要素が挙げられる。


これらを総合的に判断し、このラインは、このルートは自分にとって登るに値するのか、自問自答の末トライするかしないか、これを決定して行くのである。

安全と簡単は大きく違う、危険と難しいは一緒ではない。これがアルパインクライミングの面白いところなのである。


冒頭の写真の真ん中から左のアイスのラインは自分が友人と狙っていたものだが、よく見ればわかるがオーバーヘッドがほとんどなく、アンダーフットも最初の半分だけ気にすればいい、そして下半分は凹角でプロテクションがいいと考えられる。上半分は氷がかなり発達していてアイスでプロテクションが取れる、総合的に考えて、難しいがかなり安全なラインと言える。

結局今年(2021年2月に)他のカナダ人強強クライマーに登られてしまったが(苦笑)



そして現地に着けば、壁の状態を観察することになる。

(自分が考えていたより雪が多いのか少ないのかなど、写真と比べて、雪庇が大きい小さいなど、いい情報と悪い情報にわけ評価を下して行く。)

数週間前からの気象情報や雪の安定度(前日からの急激な温度変化、降雪、日射、風)

をチェックする。この時点で自分が考えいたものと大きく違えば(例えば温度が低いと予想していたのに暖かすぎる、雪が降らない予報なのに降っているなど)その日にトライすることは危険かもしれないと考える。

これらを考慮して最後の決定を下す。


そして登っている最中もこの自分の判断した壁の状態の評価を常に考え、コンディションが悪くなってくるようなら(自然発生の雪崩や落石、またその頻度や大きさ)引き返すという選択肢も常に持っておく。また雪と氷のアルパインルートは引き返せない、引き返すのが非常に危険な場合が存在するのでその判断する場所も考えておく必要がある。


もはやこれだけのことを考えなければいけないということ自体、登りグレード抜きで難しく、やりがいがある。

近道はなく、コツコツと準備を進め何年もかけ積み重ねていった先にようやく小さな達成があるのかもしれない。


スポートクライミングの世界は素晴らしい。

そしてそれとはまさに真逆と言っていいかもしれないアルパインクライミング。

才能のあるクライマーが数年の経験や10代でトップクラスに行ける世界とは大きく異なり何十年かけて築いていくアルパインクライミングの経験も価値のあるものだと考えるのは私だけだろうか?


谷 剛士


2021年5月10日月曜日

Vol 204, ナラオピーク 2974m Narao Couloir

 

全景

Pope's peakのそばにあるナラオピークのクーロワール。
左右どちらもいけるが、左のオーバーヘッドが小さい。

アプローチ

ブーツパック開始



雪質が不安定で苦労した。


頂上にて

滑り出し、結構急。
ただ斜面全体は見えるので多分50度以下。
クリフバンド、氷河などない。

最初の50mはパウダーでよかった。
その後はスラフで固められた難しい雪だった。


このロケーションで滑れるのはいい。
地図

timeline 
2021年4月6日

約6−8時間
標高差1600mー2974m
距離 約10km

ギア 

アイスアックス

ブーツクランポンがいるような硬いコンディションならやめた方がいい

谷剛士
Florian Jungen


2021年5月9日日曜日

Vol 203,  Lockdown Face  クートニー国立公園

 

クートニーのロックウォールにあるロックダウンフェイス。

50度近い傾斜、1000mを超えるラインはロッキーのスティープスキーのラインとしては珍しいぐらい綺麗。


朝は晴れていた。


頂上稜線


頂上にて。

頂上からの滑り出し、急傾斜と真下にロックバンドがあるので緊張が強いられる。
転倒はかなり危険な結果を招く。
晴れてたらノンストップでいけるかもしれない。

下部もフラットライトでなかなか難しいコンディションだった。


地図、

赤色はマイナス30度の時の偵察ライン。

滑ったのは黒いライン。


Time line

2021/02/19

かかった時間多分8時間くらい

登り6時間半、下り1時間半

標高 1400−2650m

距離19km 往復


ギア、

氷河は躱せるので、通常のツアリングギア。

クランポンなし、もしかしたらアックスはあっていい。


谷 剛士

菊池夫婦




Vol 202, Stanley Peak 3155m N face


全景
赤点はクライマー
カナディアンロッキーのスキーのクラシック。強傾斜のライン。
夏は素晴らしいアルパインアイスクライミングのルート。


斜面が大きいので、雪崩のコンディションには特に注意が必要。

 
頂上。

最初のピッチは50度超える。スラフ注意。
今回は所々氷河が露出していたので危険度は中程度。
その後は40〜45度。雪質によるがいいピッチ。
安全地帯からメインスロープを眺める。

年にもよるが今年は駐車場まで滑れた。

地図



time line
2021年5月6日

300am canmore
415am trail head
945am summit
1130am trailhead (30分のランチ入れて) 

標高 1550−3155m
距離 約18km 往復

ギア
ロープ 30mx1
グレーシャートラベルキット
ブーツクランポン
スキークランポン
アイスアックス

谷剛士、Florian Jungen


2020年11月1日日曜日

Vol,201 ルート名 一念 グレード WI5+R M4 130m ストームクリークヘッドウォール クートニー国立公園

 雑記、



昨日、友人と未登の氷を登りにいく機会があった。

バンフの町で朝の気温は−23度、体感気温は−28度。山はもっと冷えていたに違いない。
このような状態は氷にとって良くない状態で乾燥した冷気が氷から水分を吸収して脆く弱い氷を形成する。
冷凍庫に氷を長く放置していたら小さくなりやがてなくなるのと同じ原理だ。
カナダでアルパインガイドとして五年、スキーガイドとして2年、雪や氷について勉強をかさね、賢くなり、危険を遠ざける作業を毎日のように繰り返していると、山と言えどいつの間にかある程度、安全な中で自分の限界にトライしていることを忘れがちになる。
安全な中で何かを挑戦することは素晴らしい。だがそれはルールに守られたスポーツに近い部分も否めない。
先日、また別の友人が作った本を読む機会があり、その中に冒険家の田中幹也さんの一節で、山を登ることだけに集中してると天気やコンディションの良い時を選んで山に行く、それが良いとは限らないと。彼は悪天や厳しい状態が山本来、自然本来の姿を感じることができるのでそれを選んでやっているというような言葉があり、衝撃を受けた。
ああ、これはまさに俺のことだなと、いつもより、危険が多い状態でトライするのは馬鹿げていると。
そして忘れかけた感覚を思い出させてくれた。
10〜20代、穂高の山小屋で過ごしていた時のことを思い出した。その山に住み、その山を守っていくことに見せられた人たち(小屋番)に憧れ、冬も山小屋で働き、年間300日以上標高2300m以上に暮らしていた。
木の一本一本、草花や、岩の場所、雪の降り積もり方など、全てを覚え、自分の家のように、その山をもっと知りたいと思って暮らしていたことを思い出す。
その中で自分がその山域を一番知っていたいと思っているのにアルパインクライマーが冬の穂高を当時の自分より知っていることに恥ずかしさを覚え、小屋番の先輩に連れられ冬山に入り、厳しさ、美しさに身震いした。
クライミングを覚え、滝谷を登った時、穂高は新しい表情を見えせてくれた。
スキーをするようになり、まだ山小屋が開いていない早春の涸沢に滑り込む喜びを知った。
いい時も悪い時も全てを感じていたあの頃。
グレード追い、スタイルを洗練させ、一見ハイレベルに登り滑っているように見えても、ただ良い時だけを選んで山に行っているなんて、全然山を見ていないなと感じた。
そう自分はただもっと山を知りたかっただけだったんだ。
カナディアンロッキーをもっと知りたい、もっと感じたい、誰も見たことのない景色が見たい。
そういう気持ちを忘れていた。
準備を済ませ、凍てつく寒さの中、雪をかき分けアプローチこなす。
案の定、氷は状態が良くない。ひとつ間違えれば怪我では済まない。友人と話し合い、慎重に登っていく。
その中には間違いなく忘れかけていたものが戻ってくる感覚があった。
登り終え稜線に出る。北壁特有のトップアウトするとそこには陽の光があった。
未知の領域を進み、登り切る喜び。
どれだけ小さな壁でもこのような気持ちにさせてくれるアルパインクライミングという行為。
僕は命をかけ、冒険的な山に登ることがいいとは思わない。
だが、それこそが登山の原点であり、山を知る、感じる方法の一つということに疑う余地はない。
もしいつか自分ができなくなったとしても、山を生業にしている以上、その行為を、そしてそれに命をかける人間を理解できる人間でありたいと常に思う


谷 剛士