チーム「Link∞UP」は日本と北米の‘愉快で有益な’「マウンテンライフ」情報を日本と英語圏において共有をすること。 その生活を‘一生懸命楽しんでいる人達’のコネクション強化を図ることを目的に活動しています。 日本や北米でのマウンテンライフについて情報の欲しい方や私達に興味のある方はお気軽にご連絡下さい。

2016年6月9日木曜日

Vol.23 山と子育てについて①

山スキーシーズンが終わり、子育てシーズンに突入したカネイワです。
今回は目下の課題であり、次の冬までの懸案事項について、いつも通りまじめに堅苦しく書きたいと思います。

これは依存症なのか

ここのところ数週間山に行けていない。

4月に子供が生まれ、里帰り出産を終え妻と子が上京してから、生活が一変している。
山と子育ての両立は、私が思っていたよりも厳しかった。

当面の見通しが立たないことから、とりあえず今回のタイトルを①とし、
両立や離脱方法が見つかるまで続けていきたい(それ以外に書くことがない)。

振り返ると、登山にのめり込むきっかけを得たのが約5年前。

それから、山に入る日数は年々増加し、会社員をしながらほぼ毎週末山に通っていた3年前が約100日、会社を辞めて放浪した一昨年が200日超、春から社会人に復帰した昨年が135日。

少なくとも週に一日は山や岩場にいるのが習慣化してきていた。

それがここにきての急ブレーキ。

明らかに脳内に異変が起きていて、最近久しぶりに強烈な虚脱感を覚えている。

アドレナリン、ドーパミン、セロトニン、ノルアドレナリン、エンドルフィン、、、

どれがどう作用しているかはよくわからないが、生活パターンが変わったことで、
最近日々の生活に苛立ちや虚無感を覚えることがある。

山にある自然、非日常性、そこにある危険、またそこからの生還、
それによって得られるものを必要としていると強く感じる。

これはある種の依存症なのかも知れないが、私はそこに生きることの本来の意味を見い出し、生きる「糧」としている点において、ポジティブなものと捉えたい。


妻が母になった衝撃

元々自らの経験からしか学べない愚か者ではあるが、今回も例に倣い身をもって思い知った。
ここ数年では、カナダにおける一連の車トラブルに次ぐ、衝撃的な出来事だ。

乙武さんは正しい!

身体が不自由でも書く、話すことを仕事にしているだけあり的確である。

明らかに彼女の中で確実に何かが変化していた。

今までトップにいたはずの私は、あっけなく序列二番に降格。

彼女の中にあった「妻的なもの」「女性的なもの」は
母性に吸収されたか、変質したか、あるいは収縮したか、
とにかく以前のバランスが大きく崩れてしまった。

とはいえ、それはそれで仕方がない。

多少の落胆と驚きはあるものの、そういうものだと割り切るしかない。

子育てには母性が必要なのだ。

その都度不必要なものが切り捨てられて、必要なものが呼び覚まされる。

ヒトはこんなにも機能的だ。

しかし、それが仕方ないことだとしたら、男が男であることも仕方ないと言えないだろうか。


男は男である 

不倫騒動を起こした(うちの一人)乙武さんに対し、

「妻が母になったなら、お前は父になれ」

という批判が(おそらく主に女性から)寄せられていた。

確かに一理ある。

断っておくが、私は子育てが嫌いなじゃない。

「イクメン」の称号は放棄するが、我が子は愛しいし、
できるだけ育児に関わっているつもりだ。

しかし、夫は父になる以前に男である。

父になったからといって、30過ぎたくらいでは男は大人しくならない。
詳しくはホルモンの専門家に任せるが、40になっても夫は父であり、

また男である。

もしかしたら将来的には女になっているかも知れないが(全ての可能性を排除しない場合)、
それでも「男性的なもの」は失われないだろう。


私と乙武さんの違い

私の「男」は私を山に向かわせる。

男だから山に行く

というのは単に自分の行為を正当化するための言い訳に過ぎない。

実際には山に行かない男は多いし、男より強い女もいる。
男っぽい女や女っぽい男、単純にどちらともいえない人もいる。

とはいえ、血が沸くような興奮と未知的なものに求める冒険性というようなものは、
どちらかというと男性的なものだと思う。

乙武さんの「男」は女に向かった。

それは単に方向性の違いである。
いや、もしかしたら本質的には同じものなのかも知れない。

野に入り、狩りをして、食糧を持ち帰る。

その力によって原始的な男の魅力をアピールし、女性にモテる。

たとえそれが現代社会においては、

「女子の子宮には一ミリも響かない」(『外道クライマー』参照)

全く通用しない手口であると、頭では理解していたとしても
山に登る行為とこのような本能的な下心に全く関係が無い
とは言い切れないだろう。

私は乙武さんほど絶倫でもなければ、甲斐性も無い。

だから、私が五人もの女性と不倫する(できる)はずはない。

しかし、彼のようにハンディキャップを乗り越える強さや知性、
そして下半身の強さがあれば、同じように肉欲に溺れ(られ)た
かも知れないのだ(不倫の非道徳性について、ここでは議論しない)。


という訳で、私はこれからも虎視眈々と山に行けるチャンスを狙っていく。

山と子育ては対立しない。。。

はずだ!

せめて対立させないようにするにはどうすればいいか、
次回からはそれを少しずつ考えていきたい。

山と生活(つまりはお金)は、私にとって永遠のテーマである。

終わってみると、ここよりも自分のブログで書くべき内容でした。。。

次回こそ「これで完璧!子育てと山の両立」的な記事を書きます!

期待せずにお待ちください。

0 件のコメント:

コメントを投稿