The Maulルート取り付きへ向かう |
「事の顛末」
事の発端は今でも鮮明に覚えている。1ピッチ目のビレイ点で時折降ってくる落石を避けながら、そろそろパートナーがピッチを終える所で叫び声と共に一気にロープが引っ張られた。緩んだロープを少しでも手繰り寄せ、パートナーをキャッチした。それとほぼ同時に顔大の岩がいくつも私の方に降ってきた。ビレイ点にセルフを取っているので身動きはほとんどできず、できるだけ身体を小さくたたみ首をすぼめてただ祈るしか無かった。刹那の瞬間に一つ目が脳天に当たり一瞬辺りが真っ暗になる。まだ意識はある。良かったと思った次の瞬間、二発目が右の脛にヒットした。パートナーから「大丈夫かー!!」というコールを聞くも足の衝撃が強くすぐに返答することができなかった。ビレイの手は相変わらずロープを握っていたのが幸いだった。アドレナリンが出たのか足の痛みも大分和らいで来て動かせることが分かり骨折は免れたようで一安心した。パートナーに止まった支点まで登り返してもらいとりあえずピッチを切った。お互いの状況を声を張り上げながら伝える。ヘルメットは完全に割れてしまったが、その役目は十分に果たしてくれたようだった。頭に外傷はなく、足もアウターの上から触ってみた。少し切れている感触はあったが痛みから考え軽傷だろうと勝手に判断した。
「週に1度のアルパインクライミング」、「ロッキーでは遠い4時間のアプローチ」、「全く登らずに帰ることへの嫌悪感や罪悪感」など様々なヒューマンファクターが思考を混乱させる。何を思ったかスティーブハウスが靴を片方落として登り続けた話やダグスコットが足を骨折しながらもオーガから生還した記憶が出てきて、「これぐらいの出来事で諦めるようでは大きい山でアルパインクライミングはできない。登り切れなくても行けるところまで行こう」と自分の中で意思決定を下してしまったのだった。
パートナーの所へ到着し、状況(主に身体のこと)をお互いの主観から伝え二人ともまだ登れる状況でると判断し、「もう少し登ってみたい」と2ピッチ目を登り始めた。ボスウェルの記録からこのピッチは核心ではないが、ルート上で一番プロテクションが悪く、嫌らしいピッチだと書いてあったことは記憶していた。中間部を過ぎた所でルートの状況が一変する。使わなくてはならないホールドのほぼ全てが浮いているように感じた。プロテクションが取れずランナウトすることは今までの経験から許容できるリスクだが、進むために必要なホールドが取れてしまうリスクは私の経験値以上のものだった。ロッキーのトポに出てくる「Catastrophe loose rock」(破滅的な浮石)の表現がぴったりと当てはまるものであった。終了点のテラスまで後数メートルという地点で、キーホールドのチョックストーンが動いて外れそうになった瞬間にビレイヤ―への落石の危険に対する不安に加え、マントルを返すムーブを見失ってしまった。進退窮まり「今日はもうここまでだ」と5メートル下のプロテクションまでダウンクライムを始めるも、雑な動きで浮石を踏んだ。自身の判断を罰せられるかのように肩を壁に強打し、敗退をようやく決断したのであった。
足は5針縫う裂傷。肩と肋骨の打撲。頭への落石による首の鞭打ち症状が今回の被害。パートナーはほぼ無傷で済み幸いであった。
そんな状態では仕事も休むこととなり、余りある時間で事故反省をした。
命の恩人。ありがとうミレー。 |
「ヒューマンファクター」と「マインドセットの重要性」
事故の反省としてよく事故検証が行われ、それに対してなぜここでこういう行動をしたのか?とかこの状況ではこうするべきだったなどという記録を見るが、はっきり言ってそれは「たら」、「れば」の話で各人の安全意識を高める役割はそれほど高くはないと個人的には思っている。誰しも全く同じ状況で登っている訳ではないし、各人のリスクマージンの取り方も違う。
事故を起こす要因としては「ヒューマンファクター」(人間の行動特性、今回は人為的な判断ミスを指す)が大きく関係する。自分の山を何年もやってきた人間であるならば思い当たる節はいくつかあると思う。今回の私のフォールは無駄なモチベーションが起こした救いようのないヒューマンファクターである。がそれ自体は個人的な感情、思考が引き起こすものであるからあまり議論されることはなく、今回の事故に例えるなら「あいつは無理をしすぎた」「実力不足だ」という一言で片づけられるであろう。それに対して全く反論の余地はないのだけれど、それでは自分は成長しないし、他の人達に対して何のメリットもないからこの文章を長々と書いているのでお付き合い願いたい。
ヒューマンファクターに対処するためには「マインドセット」(※造語かもしれないがロッキーのガイドでは良く出てくる用語なので使わせて頂く。)が重要であると思っている。自立した登山者であるならば事前にルートを検討し、それに備えて準備する。それはすなわちその計画に内在するリスク(不確定要素)をあらかじめ割り出し、それに対して準備をしているのである。しかし、それは机上の空論であって、実際に現地で機能はしていない場合が多い。(実際に山の中での行動はパートナーとの人間関係、自身の心的状況、気候や時間などの環境的な要因によって判断の基準が捻じ曲がることが多々ありえる)しかし、自分の割り出したリスクはそこに必ず存在していて、「自分が思い描いていたリスクとは違ったもの」であったり、「もっと大きなもの」に変化していることがある。
「その変化に気づくこと」が事故を防ぐためにもっとも重要なポイントであると思っている。
計画を練っている際に自分が割り出したリスクは自分の持っている技術、知識、経験で対処できるものであると考えているからそこに行くのである。もしくは自分の持っている実力を超えているかもしれないけど挑戦したい課題なのかもしれない(その場合はもっと慎重な判断が必要になる)。
今回の事例のように岩の脆さはグレッグボスウェルの記録などを見てすでに認識はしていたが、実際に現地へ行ってみると自分の想定を超えるものであった。それを裏付ける出来事がパートナーがフォールした原因となった人大の浮石だった。私に当たった落石は一枚の大岩が砕けちり、顔大になったものが飛んできたものであったが、もとは人大の浮石だった。そんなものがある凹角状(溝状になっていて落下物が集まるような地形)のルートにとびきり気温が高い日に登るということは正しく自殺行為であり、自身の脆い岩に対するリスク認識とはかけ離れたものであった。自身が想定するリスクとそこに存在するリスクに大きなギャップがあった際にはそれはすでに自分のリスクマネージメントが正しく機能していないことを意味することになる。さらに例を挙げるとするならば、雪の降る予報であったが想定した以上の降雪があった場合や雪崩の予報は低かったが、実際に自然発生雪崩を見た場合なども当てはまる。そうした状況では一度客観的にリスクを見直す必要がある。ソロで登山を行うリスクの大きさもここに関係していると思う。ソロでは判断がどうしても主観的になりがちになり、得られる情報も半減する。パートナーとお互いの客観的意見を出し合うことによってより正確なリスク評価、判断が可能になる。
山でリスクは常に存在する |
今回、私たちはマインドセットというプロセスを行わずに登攀を続けたことによって二次災害を引き起こし、更なる危険へと自ら近づいてしまったのであった。登山をする以上リスクは付き物である。想定の範囲を超えた突発事故を防ぐことは難しい。真剣にやってる以上時には大きなリスクを取ることもある(ガイド中はガイドモードなので想定しうるリスクは取りませんので安心して下さい。)しかし、もし山が差し出すサインを見逃さず状況に応じて立ち止まり、議論し、マインドセットをすることができれば防げる事故は必ずあるように思う。
今年のロッキーの冬は自分も含め事故の多い年だったように思います。私自身ももっと慎重に時には大胆に山を楽しんで行きたいと思います。身体はほぼ回復しました。4月にはメンバーの谷と面白い計画も練っているので、いい報告ができればと思います。
山は厳しくも美しい |
最後に今回パートナーと二人で出し合った事故検証をもとにした反省点を一応載せておきます。それではまた!!
「事故検証と反省」
1.ルートコンディションに対する認識
グレッグ達の記録からルートが脆いことは事前に知ってはいた。2月に入るまで今年はもう春かと思わせるような気温が続いており、特に事故当日は夜中でもプラスの気温であった。氷のラインであればもっと慎重になっていただろうが、岩のルートであったためあまり考慮していなかった。しかし、氷化や雪によって岩のルートも安定することを忘れてはいけなかった。特に今回のようなほとんど登られておらずガリー状のルートにおいては岩同士の氷結や積雪によって岩の安定し、リスクの多大な低下につながる。
2.1ピッチ目のビレイ点について
自分の感覚ではパートナーが登るラインからずれており、更に自分の目の前の岩はオーバーハングしていてビレイ点は問題ないと思っていた。リードが上に登るにつれ落石の範囲は大きく変わり、また狭いガリー状の地形は岩が曲弾のように角度を変え落ちてくることを留意しなくてはいけない。今回の場合はもっと下部の方からビレイするべきであった。
3.コミュニケーションの欠如
お互いの判断や評価を話し合い客観的に自分たちの状況を見なくてはならなかった。また、私もパートナーもどちらかと言えば多くコミュニケーションを取るタイプではなく、雰囲気や流れに任せてしまうタイプ。そういったパートナーの人間性も良く知った上で、客観視が必要。私の当たった岩は顔大であったが、パートナーが落とした岩は実は人大の巨大フレークであったことを下山中に知った。途中で割れたから良かったが、それが原形のまま落ちてきていたらと思うとぞっとする。それも私が2ピッチ目を登る前に聞いていたら、ルートコンディションについてもう少し慎重になっていただろう。
4.ギアについて
今回、落石の影響でロープが内被が見えるまで損傷していた。アクシデントがあった際には身体だけではなくギアのチェックもするべき。敗退に長い下降が待ち受けているとしたら、さらに重大な事故につながる可能性がある。アルパインルート特に凹角を登るようなルートは大きなテラスや雪面であってもロープの落石、落氷による損傷を防ぐために綺麗に束ねて自分の手元に置いておくべきである。
5.ケガについて
アクシデントが起きた際にけがの可能性がある場合は必ずその個所を目視すること。打撲や骨折はすぐに行動に影響が出るが裂傷は傷が深くとも痛みを感じずらい。脛に落石を受けた際に、ブーツ、アウター、タイツの上から触診をしただけで済ませてしまった。実際に傷を目視していれば、行動を続けるという判断は取らなかった。
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