LinkUp Blog

チーム「Link∞UP」は日本と北米の‘愉快で有益な’「マウンテンライフ」情報を日本と英語圏において共有をすること。 その生活を‘一生懸命楽しんでいる人達’のコネクション強化を図ることを目的に活動しています。 日本や北米でのマウンテンライフについて情報の欲しい方や私達に興味のある方はお気軽にご連絡下さい。

2024年1月15日月曜日

カナダのヘリスキーのガイドトレーニング

 




明けましておめでとうございます。
谷です。
昨年末にCMH(カナディアン・マウンテン・ホリデイズ)のシーズンインのためのトレーニングを4日間で受けてきました。

内容としては雪崩救助、ファーストエイド、ロープレスキューのアップデート。パウダースキーの教え方。ゲスト、同僚へのコミニケーション。メンタルヘルス(ストレスのコントロール仕方)。スキーのビンディングの調整するための資格講習。エアバックの取り扱い方。会社のポリシー、仕事の仕方の再確認。過去の雪崩事故のケーススタディ。野生動物、自然保護への取り組み。先住民のコミニティとの連携。地球温暖化防止の為のカーボンニュートラルへの取り組み等、正直頭がパンパンになる感じだが、毎年こういうトレーニングを給料が出て受けられるというのは本当にありがたいことだと思います。

ちなみにこの会社は世界で初めてヘリスキーを始めた会社であり、世界最大の山岳ガイド会社(一企業でガイド協会とか組合ではない)でもあります。

ガイドの総勢は150人以上、ヘリスキーのための12個の山域と山小屋(一つ一つの山域が大体日本の立山劔くらいの広さ)から成り立っています。また山小屋のスタッフや事務所のスタッフなどを入れれば総勢500人近くなると言われています。

また同じ国際ガイドやACMGスキーガイドと共に仕事する(所属する山小屋によって違いが毎回7−10人)というのはガイド業界では世界を見ても極めて少なく、ガイド=お山の大将(自分の意見が通らないことない)、というのは全く違う話なのです。



搬送訓練。滑る斜面が崖やクレバスなどが地形の危険度が高いのでビレイが必要なことが多い。やっていることはスキーパトロールの上級職みたいな感じ。


たくさんのガイド同士で仕事するというのはある意味日々のガイディングが毎日試験を受けているようなストレスを感じることもあり、お客だけでなく同僚(プロ)評価を下されるわけでこれ以上ないほど成長できる場所と思う。

なぜなら山岳ガイドというものを考えると常に自分より弱いゲストを連れており、仕事しているのは自分のみのことが多い。何か同レベルの人から指摘されることは少ないし、技術をアップデートするにも自分で求めなければ年に数回だけとかになる傾向にあり、自分より知識があったり、技術的に優れていたり、身体的にすごい人と一緒にいる時間があまりにも少ないというのが個人的な意見である。


シートを外してのヘリに実際に傷病者を乗せるトレーニング。ここでは自分たちが救助隊でもある。


今回受けてみて興味深かったのはやはりメンタルヘルスやコミニケーションの講習で、いかにチームを動かしていくかということとそれに伴うストレスへの向き合い方、自分の向き不向きへの考え方などとても勉強になった。


無数の山々と斜面があるカナダ、その一つ一つが地形や雪のコンディションが違うため、ゲストを連れて滑る前にチェックが必要なことが多い。


リードガイド(チームを率いていくガイドのこと、僕がいるエリアは10人の山岳ガイドからなる)になるためにはスキーがある程度上手くなければガイドできない上、技術的に優れていなければ同僚は認めてくれない。雪崩や救助の知識も高くなければ仲間が信じてくれない現象が起こり、チームを率いていくのは難しい。つまりまずプレイヤーとしてしっかりしていることが大前提。

さらに自分が新人や中堅のガイドを率いてガイディングを行い、指示を出し、教え、時に口論し、いいもの(いいガイディング)を作り上げていく。さらにここにはパイロットと整備士(別にとても山が好きではない人たち)との信頼関係も必要だし、山小屋のスタッフとも助け合って一つの商品を作って遺わけで人間的に成熟していないとできない。

さらにこれに通常のガイド(自分が受け持つグループのゲストのことも楽しませて行かなければならないわけで)あり非常に山岳ガイドとして高度な部類に入るといえよう。

つまり監督業とプレイヤーを両方やらなければいけないというかできる人のみがこの地位に上がっていくのだと感じた。

第二言語でこれをするのは僕個人は99%不可能であり、割り切ってプレイヤーに徹した方が、他のガイドよりもクライミングや山が強いガイドとして評価され、居場所がある感じがする。こういう自分の向いていること、向いていないことを把握するのはとてもいいトレーニングだった。

また同じプロである他のガイドを使って、色々なことをするのは非常に難しいのとストレスを感じるというのがわかったことが収穫だったであろう。そしてこの二つができれば、ガイドの試験官や山岳救助隊の隊員をカナダでなれるかもしれないなという部分も見えてきた。



室内での講習。今回のプレゼンターはカナダ・スキーのナショナルトレーナーの一人。

どのようなタイプのストレスを自分が今被っているか理解することもとても重要だという。なぜならストレスは人を成長させる要因でもあるから。


総括するとチームで仕事することはまた違うチャレンジがあり、そのための能力を必要とする。もちろんカナダにもチームワークに向いていない人はいてそういう人は個々で仕事をしているがこうしてチームで仕事ができる環境もあり、選べるのはとてもいいことだと考える。

世界を見ても日本人でヘリスキーのガイドができるのは約10人程度(テールガイドじゃない)。その中でさらにリードガイドとなればわずか数人わけで、正直限られた人間しかできない世界なわけです。(ちなみにCMHの歴史上、日本人ガイドはたった2人のみ、昔日本人がお客さんとしてたくさんヘリスキーにカナダに来ていた時にガイドになる日本人がいればまた違った形もあったんでしょうが今となっては後の祭り。)

世界中のお客さんをカナダとヨーロッパのプロガイドたちを使って仕事するなんてめちゃくちゃクールなこと。そしてこれが世界中での夏のガイドやクライミングにもつながってると思うとすごい世界ですねやっぱり。

選手権監督を第二言語でできれば、山岳ガイドだけでなくもっとできることが広がるはずだし、日本の若い人たちにはもっとこういう本場で勝負してもらいたいと思う。










2022年8月28日日曜日

CMHボビーバーンズ、ヴィア・フェラータとヘリハイキングガイド

 


今回は僕が夏働いているカナダの山小屋CMHボビーバーンズについて少し書いてみたいと思います。

よくヨーロッパの山小屋の話(イタリアの山小屋は飯がうまいなど)は日本でも出ますが、カナダの山小屋ってよく知られてないですね。

はっきりしてるのが2極化されていて素泊まりの登頂のみを目的した素朴な山小屋とものとすごく豪華な部屋と料理が提供される3食付きと分かれます。後者は一泊からは泊まれません。複数日泊まってその山小屋に常駐するガイドと登山や他のアクティビティーを楽しむといったものです。山小屋の入山は場所にもよりますが、ヘリを使うものや専用のバスに乗るものもあります。

このボビーバーンズという山小屋はバカブー州立公園のすぐ北にあり、周りには大きな氷河と切り立った岩山が多いのが特徴のエリアです。

僕はこの山小屋で山岳ガイドというポジションで働いています。

登頂やクライミングガイドが忙しいので数週間だけですけどね。

基本は3泊4日のコースで初日ヘリで入山して午後ヘリハイキングに向かいます。


山小屋の全景


部屋


部屋のバスルーム


夕食はコース料理。



前菜


メイン


デザート

もちろんサラダバーもあり、アルコール以外の飲み物はフリーです。


2日目はヘリハイキングかヴィア・フェラータ(イタリア、ドロミテ発祥のクライミングににた)が選べます。






ニンバスというピークのコース

高度感たっぷり。


ヘリで下山した後は



バーでビールなりワインなり





アプレというおやつは4ー5時くらいに必ず出てきます。

もはやこれだけでお腹いっぱいになる人がいる感じ。

さて3日目はコンラッド(パセール山脈最高峰のピーク、周りには同じ名前の大きな氷河)

というコース。



氷河の湧水が流れる渓谷を越えていきます。


滝の裏を越えたり

この系のアクティビーで氷河がバックグラウンドにあるのは世界といえども少ないですよね。


ブルーラグーンという氷河が作り上げた自然のプールでスイミング!

別に泳がなくてもいいですが、泳ぐと気持ちいい。


余った時間はまたヘリに乗り込み氷河を歩きましょう。

ヘリに乗れば懸垂氷河がこんな感じに見えます。


のんびりとハイキング

コンディションが良ければ氷河の上をアイスウォークできます。


最終日はヘリで下山です。






お値段は時期にもよりますが3泊4日3食アプレ付きで$4000くらい。

僕は日本の山小屋出身なので違和感を感じる時もありますが、ヨーロッパや北米の人たちはこうやって山でお金を使ってるという一面もあります。

下手な観光地に泊まるより安く済むかもしれないですね。

あとゴンドラ等の建物を作るより、インパクトが少ないというのが彼らの意見でもあります。

この値段高いと思うか、山を汚してると思うか、はあなた次第です。






ネパール、カンチュンナップ/アビ 北壁 2022年

 


ああ、山っていいものだな。そして景色が最高だ。

そんな風に感じていた。こんなに穏やかな気持ちは一体いつぶりだろう。

今まで誰も登ったことのない壁を登りきり、ヒマラヤに自分達のラインを引けたという喜びもあるが、それ以上にパートナーと共に純粋に山を楽しんでいる、それが何より一番の喜びだった。

2022年4月23日午後4時、僕たち二人は晴天のカンチュン・ナップの頂上に立っていた。








はじまり


パートナーの山田からヒマラヤに一緒に行かないかと言われたのはもうかれこれ5年以上も前のこと。

その申し出に即答できない弱い自分がいたことは紛れもない事実だった。

言い訳は色々あった。

なれない外国での生活の苦しさ、仕事の忙しさ、自身の登山に行く時間の少なさなど挙げればキリがないほどだった。


正直言って僕はクライミングのモチベーションもすごい高いわけではないし、山岳会などに入ってちゃんと学んだこともない。


山で食べていきたい、それが僕の山の原点であり、今も変わらないものだ。

18歳から山小屋で働き始め、高山植物の保護、登山道の整備、はたまた遭難救助まで僕の山は全て仕事として携わってきた。

カナダに来てからは日本人初のACMGマウンテンガイド(国際山岳ガイド)になることが目標だったし、仕事でない時に山を登るのは仕事の精度を上げるため、または試験に受かるためという部分が大きかった気がする。

こんな自分が今更ヒマラヤに、それも未登の壁を登りに行くとは考えもしなかった。


さらに通常、若い頃に限界を押し上げる自身の登山をし、その経験をもとに山岳ガイドを生業にしている方々に出会ったことは多々あるが、僕のように仕事から山に入り、40歳を超える年齢で大きな壁にトライするのは、順番が逆というかあまり聞いたことがなかった。


また山岳ガイドというのは危険を遠ざけ、安全を担保するプロフェッショナルという考え方がある。カナダでは僕たち山岳ガイドはリスクマネジメントのプロであると説明しているくらいだ。

その僕が、不確定要素が一番高く、しかも排除する方法が少ないとも言えるヒマラヤ登山に行くというのは甚だおかしいことのようにも思えた。


そんな僕の心境の変化があったとすれば、コロナ禍で時間ができ、最終試験も合格できたことがた大きかったかもしれない。

またこの20年以上、職業として一年の大半を山で暮らしてきた(標高2000〜3000m)経験、カナダで学んだ雪崩の知識、そしてアイスクライミングと氷河登降の技術。

それら全てを試してみるにはヒマラヤほどうってつけの場所はない、もしかしたら僕だけが感じられる登山の形もあるのではないかとも考えはじめていた。

そして僕はようやくその重い腰を上げたのだった。





頭でっかちの先に


いざヒマラヤ登山に行くと決めてから全てが順調だったわけではない。

とりわけ目標を決めるのにかなりの時間をパートナーの山田と費やしたと思う。

僕は目標を決めるにあたって大きく分けて3つの条件を出した。

1、雪崩の危険度が少ないこと。

2、代替え案があること。

3、自分達が今まで実践してきた登山の延長であること。


1、雪崩に関しては、壁の形状、上部の雪の斜面有無、雪庇や懸垂氷河の有無、その危険度など、そしてそれがライン取りによって比較的自分達でコントロールできるものなのか、はたまたロシアンルーレット的なものなのか。(もちろんロシアンルーレットなら行かない)

僕は山で何人かの友人を雪崩で失くしている。

日本の雪は世界的に見て比較的安定性が高く、他の国に行くとその部分でやはりコンディションを読み違えることが多い。カナダでは一週間降雪がなくとも雪崩れることはあるし、雪が少ないエリアの方が雪崩やすいと言われている。これはなかなか日本では理解されないかもしれない。

海外での日本のトップクライマーの事故の原因が雪崩が多いのも残念ながらこれに関連する部分が多いと思う。

僕はその経験から山の上部に白い雪の斜面があるような壁は選ばないように心掛けた。


2、代替え案に関していうとコンディションが悪かった場合の同じ山でトライできる違うラインはあるのか?他の山に転戦ができるエリアなのか?許可の関係は?など。

山は生き物で常に変化する、ヒマラヤのように大きな山なら尚更だ。

プランB、Cの重要性は明らかだった。


3、僕は自分達が普段している登山をヒマラヤでやろうと決めていた。

ヒマラヤは基本、海が隆起してできた堆積岩がメインの山域で北壁の登攀は基本アイスクライミングの技術がメインになる。

僕たちが住んでいるカナディアンロッキーも堆積岩の山域で冬はアイスクライミングのメッカと言われている。同じ技術が使えるのは明白だった。

また僕たち二人は6000mのピークに過去トライ(歩き)したことがあり、その標高で動けることもわかっていた。

やったことのないことは本番にやらない、というか出来ないと考えている。

僕は予想外のことに弱い。なので今回のように大きな山ではその予想外のことが1や2つしか対処できないだろうと経験上知っていた。

標高が高い場所でのテクニカルなクライミングは初めてだが、それだけが未知なる部分であって他を同じような環境にしていればきっと楽しめるはずだ。


これらが全て当てはまる山はそうそうないが、時間をかけて目的になりそうな山を探していく。

登りたい山に何があっても登る、出たとこ勝負、行ってみてなんとかなるは僕の職業上通用しない。

時間をかけ、しっかり調べて準備する過程はヒマラヤだけでなく、どんなタイプの登山にも通じる部分があると感じた。


そして今回の登山を一緒に行くにあたり、二人の中で意見が割れた場合、たとえそれが納得できない理由であれ安全な方を選択すると承諾してもらった。

これは僕の職業柄、一般の登山者に比べかなりのセーフティーマージンをとっているのもあるし、情けない話ではあるが実際壁を見て臆病風に吹かれて行かないという意見を言うのは自分だろうと考えた結果だった。

これらの条件をもとにじっくり考えた中で一番それに近いピークが今回選んだカンチュン・ナップ(6090m)北壁だった。





ビスターリの真の意味


目標を定めてからは準備やトレーニングは順調に進み、いざネパールに向かうフライトの当日。

航空券の名前の手違いがあり、このまま飛行機に乗ると入国できないかもとのこと。

こういうトラブルはきっとあるかなと考えていたので対応できることはして、あとは運任せ。

なんとか入国したもののカトマンズについてからも沢山のトラブルに見舞われた。(コロナ禍の影響もあった)

しかし、もはや発展途上国で時間通り、計画通りに行くわけがないとのんびり構えていた。

僕たちは当初計画した日程より10日分多めにとっていた。(その分ビザの申請等余計にお金はかかるが)

いくら自分達が万全の準備をし、山がいいコンディションでもうまく行かないことはある。

これは長らく日本を離れていたから得た経験からだった。(日本ほど全て時間通りに行く国の方が少ない、それは先進国であってもだ)

その甲斐もあって、待ち時間は僕は現地の人たちといろいろな話をする機会をもらって、旅自体を楽しんだ。

余談ではあるが9年間カナダで苦労して大嫌いだった英語がこれほど旅を豊かにしてくれるとは考えもしなかったのだった。


また、これが絶対に登るぞという高いモチベーションだったら僕の場合、きっとイライラしていたに違いない。

若かった頃にはなかったこの感覚。

人がどこを登っただの、短期間で低予算で要領よく海外登山しただの、もはや関係ないことだ。

書物や人の話を聞いて頭で理解するのと経験を得て理解する差はやはり大きいものだなと年月の重みを感じた。

ネパール語でゆっくりという意味のビスターリ。これは登山のペースだけでなく旅全体を指したことだったのだ。


ようやくキャラバンが始まり、ヒマラヤの高峰を見ながらのトレッキング。

素晴らしい景色とシェルパの優しさにも触れカトマンズでのトラブルが嘘のように順調に進む。

今回僕らの目指す山はゴーキョというトレッキングのゴールの最奥の村から東に数キロのところにあり、まずゴーキョを目指すことになる。

メインのエベレスト街道ではなく、ターメ(シェルパ族第二の村)側の静かな谷を進み、レンジョ・ラという標高5300mの峠を越えゴーキョに入ったのはヘリでルクラに飛んだ5日後のことだった。





臆病者の真価


実際に山を見るまでは過去に登ったパーティーの記録や写真などでしか想像することができないのが海外登山の難しいところ、そして醍醐味だと思う。

僕たちも当初予定していた氷のラインは暖冬の影響で断念せざる得なかった。

だが当初からバックアッププランを作っていたのが、すぐに役にたった。

その後、山の懐に入ってからは壁のコンディションのチェック、高度順化と下降の下見など、一般登山者が入らないであろう渓谷や尾根を歩き、ゆっくりと目標の山を観察していった。

歴史も踏まえ研究し、全方位調べ上げる。こんなに一つの山を登るのに時間を使ったことはなかったかもしれない。怖がりの性格が故に手に入れた、思いもかけない幸せな時間だった。

それと同時に今の自分達の力で登り切れるのではないかという少しの自信も湧いてきたのだった。


4月21日、ゴーキョを出発し登り始める。

ゆっくりと、だが確実に高度を稼いでいく。困難な箇所も想定した範囲内だ。

登っている間もパートナーと山の状態だけでなく自分の体調、感情などコミュニケーションを取るように心掛けた。

びびっている自分を相手に理解してもらう、これも登山の一部だ。

僕はパートナーと競い合っているわけではない、自分の休日を共に楽しんでいるのだから。

そして冒頭にあるように気づけば頂上に立っていたのだった。


結果として、幸運にも最高といっていいほどのコンディションと天候に恵まれ僕たちはカンチュン・ナップ北西壁を初登することができた。

それは本当に幸せなことであり、自分たちの目標を達成できた喜び、

そして20年以上、山を職業としてきた経験を出し切れたという自分なりの満足もある。


だが今回のヒマラヤ登山で一番得たものは、自分にとっての山の楽しみ方を再発見できたことだった。

登山というのはクライミングの難度だけでないということ。

自分に合った登りたい山を見つけ、計画を作り上げ、数字だけでは測れない技術や経験を使い、乗り越えていく部分が大きいということ。

当たり前のことだとは思うがクライミング自体は残念ながら才能や身体能力といったものが多く占める部分がある。また数字で表されるため誰が見ても理解しやすい。

だが技術や知識は誰もが学べ、それらの経験を使い自分の限界や未知の部分に一歩踏み出す面白さ、これも登山の楽しさということに改めて気付かされた。


困難な壁を超え未登の頂に立つ。これが登山の原点だ。

しかし難度を追わなくても、登りたい山を見つけ知識や技術の限界に挑戦するのも登山の一つの形だと思う。

今後、僕は山岳ガイドとして、その数字では表せない危険を回避する方法や安全に山を楽しむ部分をいろいろな方々に伝えていければと考えている。

そして違う国のどのような場所にいても、自分らしく山を登り続けていくつもりだ。



今回の登山は、モンベルチャレンジ、日本山岳会の海外登山助成金制度を使い行われました。



装備

2021年 カンチュン装備表
名称個数メーカー値段現地購入備考
クライミングギア(2人分)
ノミックトシ2、タケシ1
クオークタケシ2
ダート
キャメロット.2 to 3 ×21セットずつ
ナッツ2セット1セットずつ
ピトン10現地
ナイフブレード 6、アングル2、ロストアロー2
スノーバー日本
スクリュー14
10㎝4 13㎝6 17㎝2 21㎝2
ハーフ(ツイン)トシ2 剛士1
カラビナ40
スリング60126ずつ
スリング1203ずつ
スリング1801ずつ240・180each
捨て縄20m現地現地
ハーネス
アイスクリッパー
Vスレッドフック
マイクロトランク
安全環ビナ104つはペツル提供3つずつ用意
アタックザックミレー40L
アプローチザック80L
ヘルメット
ポール
BDウルトラライト
アッセンダー1
キャンピングギア(2人分)
テント2.5人用?モンベル特注

ツェルト
ジェットボイルモンベル
寝袋モンベル
寝袋(BC)モンベル

マット
マット(BC)
コンロ(BC)
クッカー(BC)
サーモス900モンベル
サーモス中
ソーラーパネル
双眼鏡
ガス缶(BC)現地一日中1缶
   ガス缶(アタック)現地一日小1缶
ヘッドランプペツル予備1
ウェア類アウター各自
1人分ミッド
インナー
厚手ダウン
薄手ダウン
ダウンパンツ
ビレイグローブオーバーミトン毛手袋
登攀グローブテムレス革中厚手袋
アウターパンツ
タイツ厚手
タイツ薄手
高所靴
アプローチシューズ
サングラス
ニット帽
目出帽
靴下
パンツ下着
ドライメッシュ
アプローチ用手袋
非常用ギアインリーチ
予備アイテムダート トウベール
ダートバックベール
アックス グリップ
ピック
リペアテープ各自
テーピング各自
針金現地現地