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2018年9月27日木曜日

Vol.142 東京から利尻島までのロードトリップ~2千キロ分の排ガスとジョン・ラスキンの名言~

前回の投稿から早くも6週間が経過し、ブログ当番が回ってきました。通勤電車で必死にスマホを叩きながら、この駄文を捻り出しているカネイワです。本来であれば下手なりにクライミングを頑張ってるアピールをすべきところ、指を怪我してしまいここ一ヶ月全く登れていませんので、今回は直近に行った旅の話をしたいと思います。


足袋前半の見どころである仏が浦の奇岩群

旅の目的はシンプルに「実家に帰ること」で、私の実家は北海道の小樽市というところにあります。かつては北海道開拓の玄関口として栄えた港町ですが、近年は人口が減少し、全国平均よりも早いペースで高齢化が進んでいます。様々な理由で故郷に残る人、故郷を離れる人がいますが、私の場合は後者でした。寂れゆく街の一部として自分が廃れていくような気がして怖かったこと、何より「広い世界を見たい」「どこかに理想郷があるはず」という夢見がちな若者であったこと、などが理由ではなかったかと思います。


津軽海峡の夕陽

そんな感傷はさておき、今回はそれに「家族旅行」という目的が加わり、小樽から利尻島を往復することになりました。最初は飛行機で新千歳空港入りすることも考えたのですが、コストが高く、現地で車を使えないデメリットがあったため、最終的にはコストが低い大間(下北半島)・函館間のフェリーを使用し、道中に東北観光や登山を含めます。往復はさすがにしんどいので、帰りは小樽・新潟間のフェリーを利用することにしました。車での移動は短く見積もっても2千キロを超えます。期間は2つの3連休をつないで10日間を確保しました。


場所の旅も乙かもしれない(小岩井農場の馬車鉄道)

「あらゆる旅は、その速さに比例してつまらなくなる」と言った人がいるようですが、私も概ねそのように感じています。そういう意味では徒歩や人力での縦断や横断というのが旅を充実させるためにはベスト、ということになりそうですが、私はこれまで一度もこのような試みをしたことがありません。つまり、「徒歩による日本縦断」や「人力による百名山」のような試みです。「移動」を目的地に着くための「手段」として捉え、目的の一部として捉えていなかったからだと思います。


登山は取付きまでは歩かなくてもいい?

以前、中学の英語の教科書(「Sunshine」でした)で英国人が、クミちゃんをロンドンの空港(ヒースローだと思う)で出迎えたタイミングで「How was your travel?」みたいなことを尋ねているのを読んで混乱したことがあります。「飛行機での移動なんて『travel』じゃねぇよ!本当の『travel』はこれから始まるんじゃ!」と思っていました。もちろん、クミちゃんは表面的な笑顔を取り繕いながら「This is an egg」的な文法的に正しい返事をしていましたが、心の底では私と同じことを思っていたことでしょう。

お祭り会場じゃなくても大迫力(ねぶたの家 ワ・ラッセ)

移動の速度や手段が旅の充実度にどう影響するのか、という問題は一旦横に置いて、この旅に求められたものの話をします。第一に家族の思い出作り
であり、また同時に旅の過程で家族の構成メンバーが個々の欲求を満たすことでした。それは私にとっては山と未だ見ぬ景色、妻にとってはねぶた祭り(でっかいハリボテ)とローカルフード、2歳の息子にとっては電車(乗り物)でした。家庭と山の両立というのが、私にとっては引き続き切実なテーマとなっております。


合体を待つ新幹線「はやぶさ」。新幹線の旅もものすごく速いだろう。

初日は深夜のうちに出発し、東北自動車道をひたすら北上。行ったことのある仙台や時間のかかりそうな平泉などは割り切って寄らないことにし、いきなり盛岡まで走りました。ここまでの道のりはほとんど記憶にないので、そこそこのスピードで旅を楽しんでいた(つまらなくなしていた)ことがわかります。ここでは「ソウルフード」と呼ばれる?福田パンのコッペパンを食し、盛岡駅で息子の愛する「はやぶさ」と「こまち」の合体を見学し、八幡平へ向かいました。


息子が「うみ!」と言って憚らなかった八幡沼

岩手と青森はほぼ初めて来る場所なので、寄れる場所にはできるだけ寄っておこうと、いくつかの百名山を旅のプランに忍ばせておきました。八幡平はおそらく百名山の中でも最もピークまでの距離が近く、標高差も無い山なので、夕方に駐車場を出て、子供をベビーキャリアに載せた状態で一時間で回ることができました。


広大な八幡平の森

深田さんは「八幡平の真価は、やはり高原逍遥にあるだろう」と書いていましたが、短い歩きの中でも湿地の美しさは際立っていました。また、「こういう地形は当然スキーには好適」とも書いておられましたが、個人的には斜度が無く滑りの楽しみが少なさそうに見受けられました。とはいえ、道路の除雪前であれば、人の少ない広大な原始の山になるはずなので、道路の除雪前に何日かかけてするスキーツアーなら楽しめそうにも思えました。

初日の宿。子供は好奇心旺盛なので常に注意が必要。

ハイキングの後は安比高原に移動し、冬ならスキー宿と呼べそうな個人経営の宿に泊まりました。宿泊は一人なら車で済ませたいのですが、家族旅行ともなるとそういう訳にもいかず、子供も一緒に寝れる部屋(できれば和室)で息子がおむつに「大」をしても即処理できるバス/トイレがある部屋を選ぶように心がけました。あとは、できるだけ安いことが条件です。

秋田犬ならぬ「あおもり犬」は奈良美智の作。

二日目は下道で北上しながら鉄道関連施設と美術館、そしてねぶた祭りで使われたハリボテを展示している場所へ行きました。妻は以前からこれが見たかったそうなので、1つの欲求が解消され、そしてこれでねぶた祭りには行かなくてよくなったので、一石二鳥です。私は人が集まる場所が何より苦手で、祭りなどの類はできるだけ避けたいのです。夏の暑い日に人が密集する場所に行くなどというのは、私には耐えられません。この日は早く寝て、三日目の早朝に妻子のいる宿を抜け出し、一路酸ヶ湯を目指しました。

八甲田山の湿原は聞きしに勝る美しさでした

八甲田大岳は子供を背負って行くにはやや長かったため一人で行くことにし、酸ヶ湯を起点に大岳を周回して約2時間。早朝の湿地が素晴らしく爽快で、ここも改めて訪れたい山となりました。岩手山、岩木山もいつかは行きたいのですが、どちらかというと斜度があって滑りも楽しめそうなので、冬の楽しみとしてとっておくことにしました。

恐山は快晴

早朝の登山を終え、再び青森市内の宿に戻ってもまだ朝です。ここまでで走行距離約800km。ガソリンが高止まりしているのがボディブローのように効いてきましたが、走り続けます。この日は鉄道関連施設として下北交通 大畑出張所へ行き、弘前でナポレオンなるものを食し、スピリチャルスポットとして憧れの恐山へ。今回はイタコのテントも無いし、ド快晴で地獄的な雰囲気が皆無の純粋な天国スポットでしたので、濃霧で視界がほとんどないときに、いつかイタコを訪ねたいと思います。また、登れるんじゃないの?と思っていた仏が浦の針峰たちは触ってみるとガビガビのモロモロでした。

一見登れそうな?仏が浦の奇岩群

最後に宿泊する民宿の近くでマグロとウニを頂いて床に就きました。下北半島は初めてでしたが、メジャーな観光スポットはある程度回れたように思います。あとは縫道石山でのクライミングをいつかやってみたいですね。ここまででだいたい半分の千キロとなりましたので、津軽海峡を渡るのは次回にしたいと思います。


ちょっと色は悪いですが、ミョウバンを使用しないそのままのウニ。

続きがあれば、またお付き合いください。

2018年6月21日木曜日

Vol.128 育児の鬼が5.12を登るまで - その1 -

お晩です!スノーシーズンが終わり、山はすっかりグリーンシーズンですね。

無雪期に山に行くのを抑制することで家庭内のポイントを稼ぎ(本当に貯まっているのかは不明)、冬にそれをやり繰りして山に通いながら、なんとか正気を保っているカネイワは、現在完全に育児の鬼と化しております。青春を謳歌する者たちを怨みながら、湿ったおむつや子供がまぜまぜした納豆とみそ汁の残飯を胃に流し込む、恐ろしい怪物であります。子供が生まれてからは(お陰様で息子も2歳になりました)、この時季になるといつも行き所の無い脳内物質と書くことの無いブログ当番の処理に困っております。

最寄りの岩場の1つ、河又

しかしながら、今年は幸いにも4年に一度のワールドカップがあります。家にいる間、育児と家事以外にほとんどすることのない今(これを妻に読まれると多分すごく良くないことになる)、小中高と中途半端にサッカー部に所属してきた(途中で入ったり辞めたりしてきた)私としては、日本代表の試合を観戦することは欠かせません。これほど真剣に、ハラハラドキドキしながら観戦できるスポーツ、優勝する見込みがほとんど無いとわかりながら、それでも応援できるようなチームは他に無いからです。

本来は未だ興奮冷めやらないワールドカップ・コロンビア戦について書きたいところですが、さすがに誰にも求められていないので、前置きはこの辺にして本題に入りたいと思います。

巧さと狡さをあわせもつウルグアイのFW

クライミング略歴

私がクライミングを始めた(近所のボルダリングジムに通い始めた)のは2012年の冬でしたので、今年で7年目に入ったということになります。それでいてレッドポイントの最高グレードはいまだ5.11aを超えず、最近は自身を「非クライマーであり山スキーヤー」と定義することで「難しいクライミングはしなくていい」と自分を甘やかし続けてきました。サッカー日本代表の試合を最も楽しめるのが、リアルタイムで観るアジア最終予選であるように、クライミングが一番楽しめるのは5.9-の爽快なマルチピッチのオンサイトであると信じて止みません。

キャンモア至近のマルチピッチルート。こんなのが沢山あれば...

とはいえ、同時に成長しない自分へのもどかしさや情けなさも痛いほど感じています。なにより、5.9くらいのマルチピッチが無数にありそうなカナディアンロッキーならいざ知らず、そういうルートが数えるほどしかないような日本では、このままでは先がありません。

やりたいことが他にあればいいのでしょうが、2006年に屋久島の太忠岳を訪れて以来、あるいは2011年にはじめて瑞牆山に登って以来、このような花崗岩の岩峰に自由に登ってみたいという願望が消えないのです。それならば、もう少しクライミングを頑張るしかない…ですね。

小ヤスリから見た瑞牆山の岩峰群

目標を設定する

ここ数年、冬~春に山スキー、夏~秋にクライミングというサイクルで、そのクライミングも戦略なき練習でただがむしゃらに登ることにより、シーズン途中で肘を痛めて中断。そのままの流れでスキーに逃げる、というサイクルを繰り返してきました。2014年以来最高グレードも更新していません。これまで自分はクライミングが苦手で「努力しても5.11程度」とさして努力もせずに言ってきました。「一番強かったのは自分で作った壁だった」と言えるでしょう。

一方でポテンシャルはある、と周囲にはごくたまに言われてきました。ときに「前腕は五段」と称される腕の太さだったり、無駄な筋肉質が誤解を生んだ可能性はありますが、運動神経は悪くない方だし(そこまで必要はなさそうですが)、脚は強いはず。柔軟性はそこそこで身長は164センチと低いけれど、62キロと極端に太ってもいない(BMIが23.05で適性体重から+2.83kgと出た)。クライミングのセンスは感じられませんが、もう少し頭を使って努力すれば、もっとできるはずだ。

まとめて譲ってもらったクラシックな本たち

そこで、今回はちょっと高めの目標(あくまでも自分の中で)を設定したいと思います。ここに友人にもらった良い本があるので、これにならい「5.12(a)」とします。よく「普通の人でも登れる」と言われるグレードではないでしょうか。しかし目標を設定して宣言しただけでは、敗北宣言をいとわない私は、また雪の便りとともに山に逃げてしまうでしょうから、なんらかの「制約と誓約」が必要です。

なので、これをクリアするまで滑らないという心構えを持った感じでいきたいなぁ、となんとなく考えています。ん?

それだけだと少し弱いな。

早まるな。5.12を登るまで山スキーをしないというのはただの前提条件だ。

それじゃ、どんな誓約(ルール)を?


はずはありませんが、それなりにこだわってやっていきたいと思います。

具体的な方法

情報が溢れていて何を信じていいのかわからないので、もう教科書はこれ(1997年と少し古いバージョン)でいこうと思います(リン・ヒルも褒めているし)。トレーニング理論やコンディショニング論は日々進化していると思いますが、グレードは昔から変わっていないはずなので、5.12までならきっとこれでいけるでしょう。本の内容はこれから著作権に抵触しない程度に触れていきたいと思います。

この中身がずっと気になっていた

それと、今まで自分自身を信じられないこと、そして理由なき恐怖(支点が比較的しっかりしたスポートクライミングでも落ちるのが恐かった)から己の限界を設定し、それが足かせとなって成長することが出来なかった(と思う)ので、今回は他者、すなわち自分より経験や実力のあるクライマーの言うこと(その考え方や方法論)を信じてみようと思います。

具体的には、身近にいるエリートクライマー・メタフォース様の言ったこと。すなわち「忍者返し(最近やっと登れたボルダーの登竜門的な課題)が登れれば、イエロークラッシュ(小川山にあるという5.12a)の核心はできるし、このルートを登る力は確実にあるだろう(何回のトライが必要になるかはわからないが)」というもの。私が最終的に登りたい「岩峰たち」は花崗岩であることが多いので、できれば同じ花崗岩のルートを攻めて、切羽詰まったら「お買い得」と呼ばれるようなルートを打ちまくる感じでいきます。

あとは、いかにポイントを失わずに岩場に出かける(目標のルートにトライする)機会を作るかですが、それよりもまず日々のトレーニングとコンディショニングを充実させることが大事になりそうです。

巻末あたりにあるピラミッド図を汚す

さて、早速この本にしたがってこれまで登ったルートをたな卸ししてみたところ、限界グレードである5.11aを登ったのはいずれも石灰岩で割と「ワンポイント核心」のルートだらけでした。今のところ、花崗岩の、それも12aとか全然登れる気がしていませんが、最悪登れなかった場合、メタ様の指導が悪いということにするという逃げ道を残して、しばらく頑張ってみたいと思います。

2017年10月13日金曜日

Vol.93 子連れ登山 ~1歳半・ベビーキャリア編~

紅葉する笠ヶ岳と朝日岳

赤子がいる、しかし山には行きたい。土日両方ともとは言わない。いや、嫁の許可が下りそうな気配が少しでもあるなら、すかさず両日とも山に捧げたいと申し出るだろう。気持ちはある。気持ちはあるが、勇気はない。子育てを手伝ってくれる親族は周りにいない。子育てを共有あるいは分散できるママ友やママ衆はほとんどいなく、ベビーシッターを雇う金銭的な余裕はまあ無い。そんな状況でいかにして山に行くかということについて考えた時、いくつかの選択肢があると思う。

  1. 妻子を連れて行く
  2. 赤子のみを連れて行く
  3. ダメージを最小限に抑えた上で、妻子を置いていく
  4. 無策のまま妻子を置いて家を出る

本稿のテーマはあくまで1.と2.であり、その具体的な方法についてだが、念のためそれ以外にも簡単に触れておく。

左からマチガ沢、一ノ倉沢、幽ノ沢


4.は俗に言う「フリーソロ」と呼ばれるやり方で、クライミング中は中間支点もビレイ点も無く、当然ロープも無い。あるのはチョークバックとクライミングシューズ、そして己の肉体のみ。1つのミスが死に直結するクライミングの中でも最も危険なスタイルである。言い換えると、留守中は妻子と共ににいてくれる友人も義祖母もおらず、当然ベビーシッターもいない。あるのは帰宅した時に誰もいないのではないかという一抹の不安と罪悪感、そして世間からの非難のみ。1つのミスが家庭の崩壊に直結する生き方の中で最もボールドなスタイルである。これを選択することは理論上は可能。昨シーズン、厳冬期のピーカン時には何度か敢行したが、できれば避けたいハイリスクハイリターンな方法である。

行きたい時はどうしても行きたい


次に3.だが、私は主にこれを採用してクライミングや山スキーに出かけてきた。といっても、嫁方の家族の有難いご理解とご協力を賜り、他力本願でなんとか束の間を自由を与えられたに過ぎず、自分で機会を作れたことはほとんど無い。いや、一度も無い。手段は家族ぐるみ(私は関与しない)で遊んでもらう、一時的に実家に帰ってもらう、実家から誰かに遊びに来てもらう。妻の気分転換にもなり、上手く行けばダメージはゼロ。しかし、ヒューマンスキルの欠如により、自らきっかけを作ることができないため、どうしても機会は散発的になる。ならばベビーシッターはどうか。正直金銭面で諦めていたが、最近は時給千円〜であるらしい。どうしても山に行きたい冬は要検討かも知れない。

戸倉城山は里に近く、眺望もある手ごろな山


1.と2.は子供を連れて行くという意味で共通しているが、パートナーが山歩きをリクリエーションとして楽しめるかどうかによって意味合いと効果が微妙に変わってくる。基本的には奥様次第。山歩きを求めているなら一緒に行く、家で一人穏やかに過ごす時間を必要としているなら嫁を置いて息子と出かける方が良い。当家はどちらかというと後者なのだが、子離れができていなかったのか、それとも私が信用されてなかったのか、つい最近まで子供と二人だけで山に出かけることはできなかった。

子供は現在一歳半で歩行も少し安定し、ちょっと躓いてもリカバリーできるようにはなってきた。が、もちろん山歩きをさせるにはまだまだ心もとないため、担ぐ必要がある。大したノウハウも無いのだが、以下に気づき事項をまとめてみた。

大岳山に続く縦走路


目的

率直に申し上げて私の気分転換であり体力維持である。完全燃焼はできないが、二日間も家で腐っているよりは大分マシだ。副次的な目的としては、子供の教育である。

歩けないとはいえ、自然の中で過ごす体験は幼児に少なからず良い影響がある。そういう研究結果も複数件報告されているだろう。なんの権威付けもしないが、ほぼ間違いなさそうだ。そう確信めいたものを感じている。

それは私が近くのジムにポケモンを配置しに出かける時、顕著に現れる。子供は玄関で「僕も連れてってくれ」と両手を宙に差し出して泣くのである。気持ちは痛いほどわかる。こんな金太郎飴のように没個性的で周囲に自然も無い家に二日間もいては息が詰まるのである。最近になって強く感じるのは、子供が父母それぞれに異なるものを求めていることだ。母親には安らぎを、父親には刺激を求めているような気がするのだ。

白毛門の鎖場。ベビーキャリーでは避けるのが無難?


行き先

目的地としての第一条件は、子供の体調や気分が急変した時、すぐになんとかできる環境があることだろう。具体的には、里に近く、エスケープルートが取りやすく、できれば近くにロープウェイ等歩き以外の手段があることだ。転滑落のリスクが高くなるテクニカルなルートはできれば避けたい。落石、落雷、増水、鉄砲水等々外的なリスクもできるだけ排除したい。距離が長すぎて時間がかかると子供が泣き出したり、脱糞したりする可能性があるので、山行時間も抑制する必要がある。

そうすると、起伏が無い森林限界以下の低山がメインで、周囲が急な斜面に囲まれるおそれのある沢地形以外ということになるだろうか。そうすると、自然と初心者向けの山になってしまい、紅葉の行楽シーズンはどうしても人が多くなってしまう。自然に触れたくて山に入っているのに、人に囲まれてしまっては元も子もない。ここが行き先選定の核心である。

西沢渓谷は涼しくて夏でも快適だが、濡れていると滑りやすい


そんな観点でここ一年で以下のような山歩きをしてきた。

山名
山域
時期
年齢
山行時間(hr)
歩行距離(km)
登り標高差(m)
1. 三頭山
奥多摩
11月
7ヵ月
4.0
5.32
573
2. 石割山
富士・御坂
12月
8ヶ月
2.5
4.47
337
3. 日和田山
奥武蔵
12月
8ヶ月
3.0
7.19
441
4. 戸倉城山
奥多摩
2月
10ヶ月
3.0
3.89
331
5. 子ノ権現
奥武蔵
6月
1歳2ヶ月
5.0
11.33
571
6. 西沢渓谷
奥秩父
7月
1歳4ヶ月
3.5
10.96
991
7. 大岳山
奥多摩
10月
1歳6ヶ月
5.0
13.69
1,105
8. 白毛門
谷川
10月
1歳6ヶ月
6.0
6.05
992


控えめに言って1.~5.までは悪くない選択だったと思うが、次第に距離と標高差が高くなっているのが気にかかる。去る日曜日に行った白毛門は鎖場等があり、思っていたよりも山っぽく、ベビーキャリーでの登山には適さなかった。自分の体力的な満足度と妻子の状態を上手くバランスさせられる目的地を選ぶのは結構難しい。少なくとも自分が行きたい山とはかなり変わってくるので、別なモチベーションと調査が必要になる。


注意点

子供の年齢や性格によってかなり異なるため一概には言えないのだが、私は特に体温に気を配る必要性を感じた。背負って歩いている当人は温かく、動き続けている限りその背中も発熱しているのだが、ふと気がつくと子供の手先、足先が冷たくなっていることがあった。手袋や靴下、レッグウォーマー等で末端をカバーすると共に、定期的な確認が必要だ。あと、歩き出してしばらくすると振動のせいか寝入ってしまうことが多い。寝ると子供の体勢が崩れ、背負っているザックの重心が変わったり、顔が少し飛び出したりするので、歩き方や周囲の障害物(特に枝)に気を付ける必要がある。最も避けなければならないのは転滑落で、子供の将来(特に年末年始にこたつでみかんを食べる自由と権利)を奪ってはならない。

なんでも食べてくれるようになると楽になる

補給については、自身の補給と子供の補給の両方を考える必要があるため、少し複雑だ。子供が寝ているとザックが下せず自分が水分補給できないため、ハイドレーションが好ましい。子供の飲食はぐずり出したタイミングや定期的な休憩時に行う範囲で今のところ大きな問題は無い。あと、有難いことに今のところ山中での排便は無い。

ギア

以下に最低限必要なものを列挙してみた。他にもある気がするので、気が付いたら加筆修正していきたい。

  • ベビーキャリー:Macpac POSSUM。貰い物
  • ツェルト:二人用
  • 飲み物:ゼリー状のもの、お茶、ジュース等いくつか用意
  • 食べ物:電子レンジで温める必要のないもの
  • おやつ:2種類程度をその時の気分に合わせて提供
  • 替えのオムツ:山ではパンツ型の方が履かせやすい
  • ティッシュ:多い方が良い
  • ジップロック:汚物やゴミの回収用にいくつか
  • レジャーシート:厚めのクッション性がある方がベター
  • 上着:防風性、保温性のあるもの
  • 靴:開けた場所で歩かせられるように
  • レッグウォーマー:背負った時にできるズボンと靴下の隙間を埋めるため
  • 日よけ帽
  • 手袋


以上、イクメン見習いのカネイワでした。

2017年8月22日火曜日

Vol.86 白馬は夏も素晴らしかった

こんにちは、イクメンです。
私はかつて仕事を辞めた後、2シーズンだけ冬の白馬で暮らした私ですが、これまで夏はほぼノーマークでした。白馬三山の縦走くらいはしているのですが、生活圏になっている里の様子などは全く知らず、今回家族旅行を絡めて初めて夏の白馬を訪れました。


一枚目の写真は姫川源流です。姫川はここから糸魚川市を流れ、日本海へ注ぐ一級河川なのですが、「川の源流がこれほど明確になっている所も全国的にめずらしい」そうです。名水百選にも選ばれており、冷たく、最高に澄んだお水が頂けます。ちなみに以前冬に来た時は、どこにあるかもわからずに敗退しました。夏に来ても駐車場がわかりにくく、オンサイトは難し目です。


こちらは「大出(おおいで)の吊橋」付近の水路。後立山から流れ出る水がとめどなく流れています。豊かな水と苔むした道祖神が自然と人の営みを象徴しているように感じられました。夏の白馬も素晴らしいです。


ちなみに、今回は家族旅行で参りました。前回申し上げましたが、私は既に夏と秋を諦めました。この間はなるべく山に登らず、家庭内ポイントとルサンチマンをたっぷりと貯めこみ、それらを冬のシーズンに解き放つのです。いわば家庭第一主義。メイク・ホーム・グレイト・アゲインです。


故にこのようなスイートスポットを訪れることも忘れません。こちら花彩は冬にも八方南面を滑った後は毎回寄らせて頂くのですが、辺鄙なところにあるのに夏も大人気でした。安くて美味い!実質丸2日間滞在しましたが、2日とも参りました。


甘すぎるので息子には自重してもらいましたが、いつになく鋭い眼光でこちらを睨んでおりました。こちらもルサンチマンが溜まって…いないことを祈ります。


宿は岩岳にあるロッジを利用しました。岩岳周辺もやはり清流があり、沿道を彩る花や古民家が美しい良い所でした。このあたりはモノトーンの冬に来るよりも趣があるように思います。上の写真は宿にあった白馬の歴史を物語る本です。里は変われど山は変わりません。


1935年!山スキーの歴史も古いですね。


こちらは八方尾根上部。


装備は大きく進歩しましたが、やっていることは今も昔もあまり変わらないのかも知れません。


場面は変わりまして、こちらは泊まっている後立山の対面に位置する青鬼集落です。天気が良ければ雲のあたりに後立山が見れるのですが、今回の白馬滞在中には一度も望めませんでした。


白川郷のように茅葺きとはいきませんが、白馬周辺の集落も古民家が残り、なかなかに趣深い風景を残してくれています。


その後白馬を離れた私は、妻と義母にマイカーと幼子を託し、葛温泉から縦走路につきました。義母が「あの子は山ヤだ。解き放て」と言ってくれたかどうかはわかりません。

しかし、妻とその母の組み合わせは最強で、子育てにおいて高い親和性を発揮します。そのような場面において父親は役に立たないというよりも、むしろ邪魔でしかなく、必要のない存在と言えます。

イクメンは現代社会において、母親のみに育児負担が偏らないための手段であり、不足がちな母性のオルタナティブに過ぎません。つまり、オルト母性。周りに子育ての負担を分散してくれる別の母性がいる場合、父性は解放され、野に向かうべきなのです。子育ての初期段階における父性の活躍は極めて限定的かつ微弱なものであり、これからもう少し役立つことはあるとしても、今は、今はやはり山で有効活用されるべきなのです。


こちらは先日たまたま家にあった本を並べて撮ったものです。どちらが母でどちらが父かは一目瞭然です。

子育てにおいて、私が一番舌を巻くのは、母親の子供に対する共感能力の高さです。
例えば、おむつ替え。私は赤子がおむつに多少の小便を漏らしていても、もう少し貯留してから、まとめて替えればいいだろうなどと考えてしまいます。小便をしていることに気づかないことや、そもそも「オムツは定期的に替えるものだ」ということすら忘れてしまっていることがあります。

妻にとっては論外でしょう。少しの小便を見つけただけで(紙オムツには尿に反応して色が変わる線がある)オムツかぶれを心配して、替えてあげます。蒸れに対しても敏感で、紙おむつだと蒸れて肌によくないから、できるだけおまるや布おむつを使ってあげようと気を遣います。私としては、洗わなくてよく、吸水性が高い、よって替える頻度が低い紙おむつ一択なのですが…。

このあたりはもしかすると母性と父性の違いというより、人間としての思いやりの有無のようにも思えてきたので、これ以上考えるのをやめます。


こちらは宿にあったマンガです。よく主人公に似ていると言われるので少し読んでみたのですが、顎以外は全くの別物でした。


さておき、いずれにしても私は、義母様のおかげで旅発つことができました。


それが登山道であれ、やはり刻々と変わる目の前の景色、その時期にしか見られない動植物に出合う時間は貴重なのです。


そして、最終日には白馬三山を裏側から遠望することができました。


このようにして私の夏山は始まり、終わりを迎えました。再び雪が降り、野に放たれるのを心待ちにしながら、もうしばらくイクメンぶります。

2017年3月30日木曜日

Vol.65 「山と子育て」シーズン1終了


もうすぐ1歳の誕生日を迎える息子に今の心境を聞いてみました。

「vンbン hン」

以上がキーボードを通して伝えられた息子の声です。多少「ヴゥンヴゥン」言っているのが気になりますが、「育ててくれてありがとう」そんな感謝の気持ちがビンビンと伝わってきます。いやぁ、よくぞここまで成長してくれました!父として曲がりなりにも子育てに携わってきたので、喜びもひとしおです。これで来シーズンから心置きなく自分のやりたいことに専念できます!逞しく生きていくんだぞ!

となれば良いのですが、子育ての道のりは長い。まだ始まったばかりなのでしょう。Google に聞いてみたところ上の方に出てきたページを参考に、今後のスケジュールを確認します。



第1段階 夜の授乳が少なくなる頃

「生後半年は、毎日夜中に起こされるので、睡眠不足になります。」
「少しずつ夜中の授乳の間隔があくにしたがって、睡眠時間を取れるようになります。」

うちの場合は、約1年経過する今も2~3時間に一度起きて泣いている状況です。私も状況によって週に数回息子と一緒に寝ることがありますが、最終的な解決がママであり授乳である場合が多いので、その場合は寝ている妻の所へ連れていきます。しかし、赤ちゃんの泣き声に対する反応は、母親の方が断然感度が高いので、泣いているのに私は起きず、妻が起きてくるというケースもままあります。睡眠不足が解消されるとずいぶん楽になりそうですね。

第2段階 言葉を話し出す頃

「自分の気持ちを話したり、要望を言えるようになることで泣く回数が減ってきます。」

今のところ周りに人(特にママ)がいない時によく泣きます。とにかく寂しがり屋で「これから大丈夫だろうか」と心配になるくらいママにべったりです。周囲にいる人の数は多い方が良いらしく、実家に帰ったときなどはとても上機嫌です。人が好きみたいですね。私は人がいない山が好きなので、私と違って朗らかで愛される子に育ってくれるかも、と期待しております。


第3段階 ひとりで食事が出来るころ

「離乳食を過ぎ、自分でお茶碗とスプーンを持って食事が出来るようになると、かなり楽です。」

現在離乳食真っ只中ですが、私はごくたまに食べさせる担当です。が、気に入らなかったり、気分じゃなかったりすると全然食べてくれず、結構面倒。味にも好みがあるようで、甘い味のついたヨーグルトなら大体食べます。そのため、スプーンに盛った離乳食をヨーグルトでコーティングして食べさせることもしばしば。重要なのは栄養補給!

第4段階 オムツがはずれるころ

「オムツがはずれると、感動するくらい楽になります。」

早く感動したいですね。うちの子はやや便秘気味で二三日に一回大きいのをしますが、当たり前ながら臭くて大変です。

第5段階 イヤイヤ期が終了

これは最初からこないことを祈ります。

まとめると、4、5歳くらいには確実に楽になりそうですね?私が40歳になるまでは試練が続きそうです。



振り返ると、息子が生まれたのが昨年の4月第二週。その少し前から妻が里帰り出産で実家に戻っており、2月~3月は山放題でした。昨シーズン最後のスキーが4月第一週の五竜岳 Bルンゼ、白岳沢で、翌週平ヶ岳にツーリングと思っていたら大阪に呼び出され、息子と初対面しました。

あれから一年、長いようで短い時間でした。冬の山スキーをメインの活動と位置づけ、それ以外の山は自粛気味にし、冬に可能な限り自由をもらうという方針に基づき、行動してきました。その時間を確保するための戦略はシンプルに2つ。

1.子育てに差し障りない範囲で行う
2.子育ての役割を代わってもらう


1.では日帰りを基本としたり、泊りがけで出かける時もできるだけ午前中に帰宅するように、1.5日になるように心がけました。具体的にはサクっと午前中までにスティープな斜面を滑れる谷川岳に行ったり、白馬に行く時でも二日目は小日向山にしたりしました。

これまで谷川岳には縁が無く、ほとんど行ったことがありませんでしたが、今年は2度赴きました。一度は早朝から登り始めるも早く着きすぎて、肩の小屋で寒さに震え、マチガ沢本谷を確認するも安全性に疑問が残り、断念。すると対面の四ノ沢をサンライズヒルの「てんちょ」が滑らかに落ちていきました。スプレーの上がり具合、地形的にもこちらの方が安全とみて、この日はシュプールの入った四ノ沢を追随。帰って Facebook 見たら別の人が本谷滑ってました。まぁ、それは仕方がない。そういう日もある。


翌週、今度は初めてのパートナーと暗いうちから改めて本谷を目指した。今度は時間的には良いものの稜線はガスがかかり、再び肩の小屋で待機。そのうちロープウェイアクセスの RSSA お二人が登ってきて歓談する。続いて滑り手や大勢の登山者が登ってきて山頂付近は人だらけに。雪は安定。本谷のドロップポイントで小一時間ガス明けを待つもその日はダメで、そのまま西黒沢を下降しました。どうも天神平は晴れていたらしく、西黒沢はヒャッホーした人のシュプールだらけ。帰って Facebook 見たら RSSA のお二人は一ノ倉沢を滑ってました。まぁ、それは長年の経験と実行力の賜物として、翌日は晴れたというのは何ともやりきれなかった。

これにより精神的な傷を負い鬱となったため、谷川岳からは撤退しました。

その後は長い一日と半日を組み合わせた1.5日山行でそれなりに楽しめましたが、思うような成果は上がらずでした。2年ぶりに不帰2峰を滑れて良かったですが…。

話が飛びましたが、2.は「嫁の実家」これしか無いという無策ぶりではありましたが、3月頭に少し帰省してくれたのが大変な助けになりました。その後も「朝まで生テレビ」をほうふつとさせる妻との激論、裏取引等の末、今シーズンもそれなりの日数を雪山で過ごすことが出来ました。初滑りから数えた日数にして22日。カレンダー通りの土日祝日が約40日なので、半分くらいは山に行けたということになります。

 年々減り続ける山行日数に「それでいいのか?おまえの人生 たった一度きりの人生」と自問しつつも、子供はかわいいし、別れても養育費を払えるような財力も甲斐性も全く無いので、「山と子育て」は続きます。