チーム「Link∞UP」は日本と北米の‘愉快で有益な’「マウンテンライフ」情報を日本と英語圏において共有をすること。 その生活を‘一生懸命楽しんでいる人達’のコネクション強化を図ることを目的に活動しています。 日本や北米でのマウンテンライフについて情報の欲しい方や私達に興味のある方はお気軽にご連絡下さい。

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2019年2月16日土曜日

Vol.161 日本滞在記 帰省前にぶらり野沢・白馬編

どうも、ボブです。
二週間程日本に帰っており、昨夜カナダへ帰ってきました。
今回の日本帰国のメインは昨年亡くなった祖母の法事で実家の熊本に帰る為
ですが、冬の日本に帰るのに日本の雪を堪能しないのはスキーヤーとしてどうなのか?
ってことで、熊本に帰る前に10日程日本の雪を堪能してきました。

◇野沢編
長いフライトの末、羽田空港に夕方到着し、夜行バスで長野へ。
目が覚めると長野、そこから電車を乗り継ぎ、野沢へ到着。
(早めに予約すると野沢への直行バスがあったのですが、今回は間に合わずでした。)
何となくあった情報を頼りに手探りで滑ろうと考えてましたが、ゴンドラを上がると偶然にも知り合いに遭遇。前日までは悪天だった模様でこの日は快晴!
前日までに降った雪を最高の天気の元、運よく穴場を案内して頂きいい雪を堪能できました。ありがとう、ごちそうさまです。

和樹君、ありがとう!
夜は予約なしでは入れないという ジンギスカン屋 萬里へ。
予約は無かったものの、ここも運良く入ることができ、いい肉を堪能できました。
いい雪からのビール、焼き肉、たまりません。

・次の日
前夜の降雪は無く、食べ残しを求めてスキー場トップから少しハイクして入るエリアへ。10分程のハイクで行ける場所なのですが、まさかのノートラック。気持ちよく3本回して、ゲレンデに戻り、パノラマハウスぶなにてカレーを食べて気持ち良く下山。

ビーフカレー温玉乗せ。パルメザンチーズと野沢菜を添えて


前日の滑り込みでバキバキになった身体を野沢名物の激熱温泉 中尾の湯 にて筋肉をほぐしに行く作戦。この温泉、賽銭箱へ小銭を入れて入湯するシステム。中には熱い湯とぬるい湯と二つの浴槽があるのですが、ぬるい湯ですらかなり暑く、身体全体が真っ赤になりました。
http://www.asahi-net.or.jp/~ue3t-cb/spa/nozawa_nakao/nozawa_nakao.htm


雄太さん、ありがとうございました。
・3日目
昼から移動なので半日だけ。前夜の降雪は20cm程ある感じで、営業前からゴンドラ乗り場には行列が。それでも白馬程の行列が無いのが良いところ。
それでもゲレンデ内は一気に食べつくされるので、うまく食べ残しを拾いつつ、気持ちよく下山しました。

◇白馬エリア編
・松本へ移動しレンタカーゲット
今回は ガッツレンタカー にて四駆スタッドレス付きの軽を借りました。
ここ、距離の制限(一週間で1000km?)がありますが、一週間15,800円で借りる事が出来ます。あまり距離を乗らない場合は十分では無いでしょうか。
2人+荷物だとギリギリオッケーなサイズ感でしたが、普通車の四駆でも20,000円くらいだったので、こちらが良いでしょう。
ちなみに長野にも店舗があるので東京から長野へ移動し、車を借りるのが各エリアへのアクセスも良く、各地からのアクセスもスムーズで良いと思いました。
次回はそうします。

・一日目は小谷へ
この日からはツアリングメインで、お馴染みの兼岩プロ、一家に一台ガリンコ号こと清家氏、初めましてのスノーボーダーでドローン撮影家のFujita氏と合流。天気も良く、賑やかな一日になりそうです。
この日のプランは栂池トップから裏ヒヨを落とし、登り返して大崩落という大堂コース。
栂池スキー場トップにあがると既に多くのグループがいて、ノートラックを求める我々は少し焦。裏ヒヨに到着するとほぼほぼフレッシュな感じで、朝から気持ちよく一本。

 日本らしい和ませてくれるアプローチ

ボトムに降りるとガスも抜け、最高の天気に。週末という事もありボトムにはたくさんの人、人、人。トラックの数に対して人数が合わないと思って振り返ると


滑るラインは無数にありました。木々も程よく素晴らしい場所ですね。下で話をしていると大崩落には10数名のグループ+ガイドのグループも入ってるとの事。これは間違いなくずったずたでしょうと思い、プランBで大崩落から少し登り、一つ隣の沢から落として下の沢に合流するプランに切り替えることに。

ノートラックのハイクに思わずヒャッホー入る清家氏

天気も良く、足取りも軽く、目的の台地に到着するもあたりは藪。傾斜の強まるポイントまで行くも藪。もう少し進めば何かあるのでは、、と思いきや藪。傾斜は緩いが割とオープンで割と雪も良さげ、、ってことで落として見るも、雪はパックしてて、下部に行くほど藪がち。さらには下部の情報は無く、これはドハマり残業コースになってしまうってことで、さくっと登り返し、来た道を大崩落へ戻り、滑って帰る作戦に変更。

ずったずただろうなと思われた大崩落はまだまだノートラックがあるではありませんか。
あの情報はなんだったのだろうか。。

溜まった毒を吐き出す兼岩プロ
気持ちよく滑り、ボブスレーをこなし、何とか日が沈む前に下山できました。
鵯峰から山の神を越えて往路を戻り、大崩落を滑る。と紆余曲折ありましたが、なんだかんだいい一日になりました。
下山後は来夢来人でから揚げ+生姜焼き定食(ごはん大盛り、から揚げ2個増し)

・二日目は一難場山
鳴海氏も合流し、久しぶりの再会で盛り上がり前日は遅くまで宴会したものの4時に起床し、5時に集合。二日酔いもありましたが天気は午後まで持ってくれるか分からないので、6時にハイク開始。多くは書きませんが、人気も無く、愉快な仲間といい雪と変化に富んだ地形と疎林を堪能しました。またどこかで遊びましょう!
ブナの森に癒される。これぞ日本。

森の中に程よくオープン。
なまらこしる会+いずみ

書き疲れたので白馬後半編はまた次回。。















2019年1月16日水曜日

Vol.157 八方尾根・今年の積雪状況

今週のブログ担当・谷が多忙につき、二週連続でカネイワがお届けします。連続して山スキーの話題になってしまいますが、何卒お付き合いくださいませ。ところで、前回書き忘れてしまったのですが、私は昨年11月末、シーズンの目標だった「5.12a」を一本(ようやく)登れました!という訳で、今は気分を切り替えてスキーを楽しんでおります。12aがようやく登れた話は、また雪が少なくなって話題に困る頃に報告させていただきます。

八方尾根から見た白馬三山(鑓は左に隠れてます)19/1/13撮影

さて、去る3連休(うち土日の2日間)、白馬に行って参りました。今住んでいる東京の西から白馬村までは高速を利用しても3時間半と実に遠いのですが、それでも行ってしまうのが白馬。それだけの魅力があるのは、3千メートル級の後立山連峰が村から見えるロケーションに加え、アルパインエリアの多彩な滑走斜面、そしてほどよい木の間隔と急斜面を備えたツリーラインでしょうか。この地域は海に近いため冬は天気が悪いものの、その分降雪が多く、天気が悪い日は森林限界以下で遊べるのが良いところと言えるでしょう。ただし、雪があれば...です。

丸山ケルン。19/1/13撮影

では今年の積雪はどうかといいますと...直近では2015-16シーズン並みに少ないような気がします。山もどこか黒々としているし、標高の低いエリアではツリーホールがちらほら…。13日に崩沢を滑った時には、ゲレンデ並みのギタギタ具合とともに堰堤の出方にビックリしました。視界不良であそこに突っ込むと逝ってしまう規模のジャイアント堰堤が丸出しで、全く埋まっていませんでした。天気はというと、単発的な寒気は入るものの、この三連休も三日連続で晴れるという厳冬期にあるまじき有様。そんな白馬は八方尾根近辺から、今回は定点観測でお届けします。

唐松沢標高1300mあたりにある南滝。19/1/13撮影

早速ですが、八方尾根の北面は無名沢より上から滑ってきた場合に出くわす難所・南滝の様子です。13日は手前から複数のトレースがここに突入しており、戻ってきた形跡もなかったため、「行けるだろう」と判断して追従しましたが、こんな感じ(上の写真)です…。写真に写っているスキーヤーがいる辺りは斜度的にもかなり急(体感で55度はある)で、その下は氷が出ています。で、よく見ると誰かが落ちた跡がある(笑)。今後の降雪で状況は変わると思いますが、この時はかなり怖めでした。通過の状況は動画に収めましたので、良ければご覧ください。

3年前の同エリア。16/1/17撮影

そして、これが同じく寡雪だった3年前同時期の写真です。この時は滝を巻いたため画角と写っている範囲が異なりますが、どちらかというと3年前の方が雪が少なく、沢が埋まっていないように見えます。滑って通過した体感でも、3年前は何度かスノーブリッジを渡る必要がありましたが、今回はスムーズに滑れました。

唐松沢下部。16/1/17撮影

そして、私としてはこの時初めて唐松沢の巨大な、氷河のような「万年雪」を見ました(唐松沢は氷河の可能性があるようで、現在調査が進められているようです)。ちなみに、この日我々はDルンゼを滑り、白馬のジョニーさんが不帰2峰を滑りました。いやぁ、よく滑るよなぁ、というような雪付きだったと記憶しています。

不帰2峰。16/1/17撮影
同上。19/1/13撮影

こうして比較するとあんまり変わらない?かも知れませんが、やや今年の方が雪付きが良くて縦溝も少ないようです。なお、私は今回八方池近くにテントで前泊し、早朝からこちらへ向かいました。滑ったのは南峰(写真の左にあるピーク)からS字状に降りるラインです。このラインは2峰の中では上部の斜度が緩く、地形的にも雪崩を避けやすく、最悪転んでもなんとかなりそうなラインのように感じています(あくまで一度転んだ人の個人的な見解です)。

南峰の下部核心。18/2/9撮影
同上。19/1/13撮影

このラインは下部にわかりやすい核心があるのですが、こちらは昨年2月時のものと比べてみました。藪と岩の埋まり具合に多少の違いが見られるようですが、意外とそこまで変わらないような気がします。なお、今回は北峰のドロップポイントも確認しましたが、一昨年の3月にあったような雪のテラスは無く、いまいちどこから侵入して良いのかわからず行きませんでしたが、その翌日ジョニーさんが滑っていたことが判明。相変わらずです!

かりそめの「安全圏」で滑った斜面を振り返るパートナー。19/1/13撮影

滑った後に訪れる安堵と充足感は格別で、パックしていて難しい雪の時もありますが、広大な冬の唐松沢は何度でも来たくなる場所です。もしかしたら今まで歩いたり滑ったりした場所の中でも一番好きかも知れません。今シーズンはあと何回来れるかわかりませんが、短い厳冬期のパウダーシーズンを安全に楽しみたいと思います。

当日の動画です:

2018年3月22日木曜日

Vol.116 不帰と私 ~ 後編 ~

こんにちは。雪が消える前に、今回は急きょ不帰とカネイワとの青春白書の続きを、駆け足でお送りしたいと思います。まずは前回までのあらすじです。

・滑り手としての私にとって「カエラズ」とは不帰2峰東面、通称「キャットフェイス」を指す
・「カエラズ」は毎シーズンそれなりに滑られている
・「カエラズ」は危険な斜面ではあるが、死亡事故は今のところない(はずである)
・かつて北海道でアルペンスキーをやっていた私は、他人に滑られている斜面が自分に滑れないはずはないと意気込んだ

2016年2月11日。下から見上げた不帰2峰東面

結論から言えば、私はこの斜面を2015年以降3度滑った。2015、17、18年にそれぞれセンター、北峰、南峰を1度ずつである。これは何もその事実を誇るために言うのではない。後述するように、この3回にはどちらかというと誇りよりも恥や後悔の方が多く含まれている。滑降した3回のうち2回もコケているということが、最もシンプルで明快な理由だ。3回という数字についても、21年かけてこの斜面を滑り込んだローカルがいることや(一体何回滑っているんだろう)、ワンシーズンで3回以上滑るようなマッドマンがいることを考えれば、特段誇るべきことでないことはお分かり頂けると思う。

私がそれでもこのテーマについて書きたいと思ったのは、わずかばかりの経験を通じて得た考えや教訓を、何らかの形で残してもいいのではないか、と思ったからだ。

2015年当時、あるいは今、カエラズを滑るということはどういうことなのか。ロクスノ#38には「1994年前後から、白馬における舎川朋弘(カラースポーツクラブ)のパイオニアワークが始まる」とあり、「初滑降記録が雑誌をにぎわせたのは数年前。今では不帰の斜面がトラックで荒れるようになった」とある(2007年12月までの話)。

パイオニアのイメージ

この頃に比べると、昨今この斜面に何かを懸けるような人は減ったのではないかと思う。初滑降というのは、初登と同じように一種のパイオニアワークであり、そこに価値を見出す人が多少はいるだろうと思うが、ここはもうその舞台ではない。そうなると、あとはどのように滑るかということになると思う。クライミングで、かつて人工登攀で登られたルートが後にフリー化される流れと同じように、スキーでもより良いスタイルで、つまりはノンストップで格好良く(できれば横滑りなんかせずに)滑りたい、という人が出てくるのが自然な流れではないだろうか。

これは1つ目には、過去を繋いでいくと同時にその記録を更新していくという、現代に生まれた我々の宿命であり、もう1つはパイオニアを超えようとする、身も蓋もない言い方をすれば、「あいつより俺の方がすごい(上手い)んだぜ」という自己顕示欲の表出ではないかと思う。この2つ目は、承認欲求と呼んでも差し支えないだろう。

2015年1月30日 センター・逆しの字



自分が付けた記録によると、直近でのまとまった降雪は無く、JANの掲示板はアルパインまで「Moderate」だった。金曜日だったため、人は少なく自分はソロ。12時半前に八方尾根のピークに立つと、キャットフェイスには既に二人の影があった。後に某kyotoskiとカラースポーツの某ガイドであったことが判明する。ファーストトラックを描けない無念と他にも人がいるという安堵感が同居した複雑な心境だった。踏み跡があったためルーファイには苦労しなかったが、それでも八方池山荘から4時間弱かかった(毎回それくらいかかる)。

滑るラインは予め決めていた。キャットフェイスのど真ん中を滑る美しいラインで、万一上部で雪崩たり転んだりしても岩に当たるリスクが少なく、ルンゼに吸い込まれてくれそうな比較的安全?なラインだ。『Further』でJeremy Jones滑ったラインもこれだったと思う。Jeremyの安定したノンストップな滑降、それとYoutubeで見た新井さんの滑りは、この時までに頭に入っていた。滑る時にどんなイメージが頭に入っているのかは重要で、滑走中でも少なからず影響を受けている気がする。

覗き込んだ時の写真

覗き込んだ斜面は思っていたよりやや急で、滑りたかったラインには既にトラックが入っていたが、初志貫徹でこのラインを滑ることに決める。「比較的安全」とは言いつつも上部で転ぶことはできないので、確実にターンを切っていく。「逆しの字」の所でライトに大きく曲がってルンゼに入るのだが、ここの雪面が固くなっており一瞬両板が跳ねた。絶え間なくスラフで磨かれるから、ここは常に硬いのではないかと思う。なんとか耐えてルンゼへ。ここで恐怖から解放され、またルンゼで傾斜が落ちるだろうという希望的観測に基づき、板を縦に落とした。が、ルンゼ内も雪は硬く、傾斜もあり、そして狭かった。数ターンのところでビンディングが解放し、板が両方とも勢いよく流れていった。

板は数メートル下に1本、X状ルンゼをライト側に下りた唐松沢合流手前にもう1本あり、無事回収してその後下山できた。ビンディングの開放値やDynafit Radical STの前レバーを上げておかなかった(アイスバーンで誤開放のあるモデルだった)こと等至らないミスもあり、雪質の読みも甘かった。多少の悔いは残ったものの、恐怖を乗り越えたことでその時は敗北感よりも満足感(安堵感?)が勝っていたような気がする。

なお、私が滑る小一時間前に同じラインを滑走したkyotoskiは、足元から雪崩れたらしい。



2017年03月12日・北峰ゴーストレイトa


2016年は一度も滑らなかった。正直、「一度滑れば十分だろう」というのもあったし、「生き急ぐことも無いだろう」というのもあっただろう。距離を置きたかった、と言えば猫様も理解してくれるだろう。雪の少なかった2016年の1月17日、Dルンゼのドロップポイントで、さらに奥に行くジョニーさんの後ろ姿を見送った。「もしかしたら彼を見るのもこれで最後かも知れないなあ」と思いながら(もちろん、生きて帰って来た)。

次にそこに向かったのは、2017年も3月になってからだった。このシーズンはどのくらいの人が滑ったのかわからないが、1月26日㈭に白馬のガイドたちが一気にカエラズを滑ったのは記憶に新しい。48rider氏によるとこの日7名も2峰を滑ったらしい(3峰C尾根も滑られていた)。ド平日で特に滑ろうと思っていた訳でもなかったので、指を咥えて見ていたのだが、これには心のどこかが刺激されたようで、シーズンも終盤になって焼け木杭に火が付いた。それに、ノンストップでカエラズを滑り切るという当初の目標を、まだ忘れられていなかったのである。

唐松を越える時に顔が引きつる私とパートナー

寒の戻りで久しぶりのパウダーとなった週末、土曜日は一日雪を寝かせることにして小谷の里山で慣らし、そのまま八方池山荘へチェックイン。翌日朝一で2峰に向かうことにした。日程に余裕があれば視界悪化やフラットライトが避けやすいこの方法がベストで、この時は10時前にドロップすることができた。この時のラインはまだ滑ったことが無いという理由で北峰。そのうち最も地形の罠、スラフが避けられそうな比較的安全?なラインを選択した。

何のトラブルも無かった旅行があまり印象に残らないのと同じ様に、この日のことはあまり脳裏に残っていない。Xの交差点に入ったあたりで太ももはヨレヨレだったが、なんとか2分半かけて上から下までこの斜面を滑り切った。疲れ切って唐松沢の真ん中に倒れ込んだ時に思い出したのは、少年時代にアルペンスキーでポールをくぐっていた頃のレース終盤のことだった。

2018年02月9日・南峰オープンb


ここで止めておけば良かったと今では思うものの、ピーカンの日を選んで有休を取った私は、53さんと南峰で滑走準備をしていた。この日は2峰を滑るパーティが他にも2パーティ、合計3パーティ8名もいた。意思決定のプロセスをよく覚えていないが、最終的に南峰を滑ることに決めた。この時私に脳裏にあったのは、やはりカラースポーツの布施さんが大きな弧を描いて滑り落ちていくノースフェイスの動画、そしてumatelevisionの林さんと思われる動画であった。

南峰の斜面は出だしこそ急だが、中間部は40°ちょっとくらいまで傾斜が落ち、また片斜面を広く使うことができる。そしてこの中間部によく雪が溜まっているらしい(この時もそうだった)。見れば見るほどボード向きな斜面のように見えてくる。ほとんど緊張感は無く、一番高い所から板を下に向けて突っ込んだ。最初数ターンは微妙にパックされていたが、スキーヤーズライトに入った途端にどパウに。一気にスピードに乗り、当て込むように思い切り踏み込んだ瞬間、谷足が雪につかまり転がった。アルペンのスラロームで片反(片足反則通過)くらった時のように、その瞬間まで全く転ぶイメージが無かった…。

南峰は下部が核心

10mくらい上方にある板目指して片足スキーでフルラッセルし登り返す。板を回収し、上がった心拍数を整えて再びターンを切る。今度はレフトへ大きくトラバースし、核心の段差へ。ここの雪が微妙に腐っていて、また思っていた以上に傾斜があるため、結構悪い(上記ノースフェイスの動画もそうだが、この部分を省略している動画が多い)。下の崖も対岸から見て想像していたより高さがあるため、失敗はできない。慎重にこなして唐松沢に降り、後に53さんや別パーティの3人も合流した。

結びにかえて

翌日の土曜日、帰りの車の中で私は一人むせび泣いていた。中年のおっさんのどこにこういう感情や涙が残っていたのかと思うように、堰を切ったように感情が溢れ出していた。単純に私は悔しかったのだと思う、できるはずのことができなかったことが。

この時襲われた悔しさというのは、自分でも驚くほど、かつてアルペンスキーの大会で敗れた時のものに似ていた。それは行為そのものが、スラロームにおける転倒の状況に似ていたせいもあるかも知れない。その頃は他者との競争であったため、悔しさの根源に曖昧なところがあった。しかし、今はそれが他人に負けたことによるものではなく、ただ純粋に自分に対する悔しさであったと知ることができた。同時に、私がその頃から大して成長していなかったこと、また根幹に同じような感情や衝動を抱えていたことを知ることができた。

広大な唐松沢

不帰での経験を通じて、私は幼少の頃の自分にたちかえることができた、ということで、全然まとまっていませんが、とりあえずの結びとさせて頂きます。

あと、付け足しになってしまいますが、勝手ながらこのブログの中で何人かの滑り手に触れています。あくまで個人史なので、全く網羅的ではないし、私が知らない「滑りたち」の方が多いでしょう。触れた人の中でも、個人的に面識がある人もいれば、いない人もいます。それぞれに動機があり、経験があります。そう考えると、どこかで勝手にシンパシーを感じてしまいます。

カエラズでの経験が、これからの人生を豊かにしてくれることを願って...。

以下、気づき事項です:

・山荘からドロップポイントまでだいたい4時間はかかる
・キャットフェイスの雪質はかなり様々でパウダーだけではない(カリカリも出てくる)
・なので安易にスピードを出し過ぎない方が良い
・世の中には新たな発想でこの斜面に挑む人もいる
・GoProはヒューマンファクターを高める
・スキー板のセンターは110~120、長さは180以上で、ロッカー形状はほしい
・影響される人は動画を見過ぎない方が良い

2018年3月8日木曜日

Vol.114 不帰と私 ~ 前編 ~

「不帰とは、後立山主稜線上の唐松岳と天狗ノ頭との間に位置し、一峰・二峰・三峰の各ピークと、その北のキレットまでを含めた一帯の総称である」と、登山大系にはある。一方、山を滑る者として「カエラズ」と言うとき、私が真っ先に思い浮かべるのは、滑り手たちの間で通称キャットフェイスの愛称で親しまれ、斜度は平均でも50°近くありそうな雪と岩の壁を備える不帰二峰東壁だ。由来はわからないが、正面から見た時に左に北峰、右に南峰と2つの小ピークが猫の耳、その間にあるフェイスが、猫の顔面を想起させるからだと思われる。


2015年1月15日のキャットフェイス

その山容は「今日はもしかしたらお家に帰れないかも」と思わせるほど厳しく、同時にアメリカンショートヘアのように端正で気品に溢れている。つまり、魅力的なのである。私がその存在を知ったのは、会社を辞めてバムになった4年前の2014年冬だったと思う。右も左もわからなかったバム初年度、八方尾根から対岸のカエラズを見た時、こんなとこを滑る人がいることがにわかには信じられなかったし、できればそのまま目を背けて余生を過ごしたかった。

だが畏れと同時に、他の人に滑れて自分に滑れないはずがないという反発が生じたのを、リトルトマホークは見逃さなかった。急斜面でスキーヤーにできることは、一部の例外を除きそこまで変わらないはずだし、冬の間ほとんど毎日スキーブーツと板を履いて過ごした幼少期を思えば、私よりその時間が長い人の方が少ないだろうと思ったからだ。中学生でアルペン競技をやめ、その後山スキーを始めるまで全くというほど滑らなかったが、幼き頃から放課後はナイターでなまら滑り、土日は大会で道内のスキー場をなまら転々とした。端的に言うと、滑り下りる技術は身体に染み着いており、それにはある程度の自負があった。


昔から板はやっぱりオーストリア

とはいえ、私のアルペンスキーヤー人生は決して明るくなかった。種目によって成績がひどくアンバランスだったし、比較的得意だったスラロームでさえパフォーマンスは不安定で、カタハン(片足反則通過)くらって登り返して遅くなったり、途中棄権したりすることも多かった。ウィンタースポーツ全般に言えそうだが、スキーは道具にかかる費用が半端でなく、家庭にかかる経済的な負担も馬鹿にならなかった。最終的に、自分の将来性を冷静に見極めた結果、自ら競技を離れる決断をした。

今思い返してもこの決断に悔いはない。しかし、この時の挫折から、自分の中に「自分は決して一流にはなれない」という「負け犬の思考」が棲みつき、「常に最悪の場合を想定」して予めそれを避けようとする癖が身についたように思う。「勝ち目のない敵とは戦うな」と頭の中で声がするのは、脳に針を埋め込まれてしまったせいかも知れないし、単に元来怠け者だっただけかも知れない。私はその後の人生で、人よりも努力せずにできる部分だけを伸ばす方法により、学業なり余暇なり仕事なりをやり過ごしてきた。大きい声では言えないが、それは今でも大きくは変わっていない。


2016年2月11日の二峰(唐松沢より撮影)

ただ、山に関しては少し違った。30手前になってから登山を始めた私だったが、山は恐かったから、登山中は常にある程度一生懸命だったし、強制的に努力せざるをえない環境に身を置くことで、省エネ生活で溜まっていた自分のエネルギーを引き出せる気がした。またそこで初めて、そんな自分を認めてやることができた。そんな昭和タイプの山ヤである私は、あくまで自分のレベルでだが「より困難」を自らに課すようになっており、山スキーにおけるキャットフェイスも、そういう文脈からバム2年目に挑戦すべき課題としてリストアップされていた。

まず、名前が挑発的だ。gooの国語辞典で単語を引くと、「ふ‐き【不帰】二度と帰ってこないこと。転じて、死ぬこと」。もうこれだけで超恐い。実話かどうか定かではないらしいが、こういう記述もある。「次は天狗の尾根。その隣の山は身のほど知らぬ者が天狗に近づこうとして帰れなくなったので、不帰の岳といいますぞい…」。 どこか腕試し、度胸試し、あるいは通過儀礼のように、挑戦心をくすぐる逸話である。 己の実力を過信あるいは見誤った者、神(仮にいるものとして)に愛されない者は死ぬ。これこそ、ザ・登山である。

2014年1月24日の不帰。左から唐松、不帰三峰、不帰二峰

既に沢山滑られている。最盛期には一日に二桁の数が滑ったという記録もある。また、私の知る限りキャットフェイスで誰かが死んだという話はない(2018年3月8日時点)。転倒した話や映像はあり(ここには私も陰ながら貢献している)、中には怪我をした人もいるが、死んだという話は聞かない。これはロクスノ#38の記事(
2007年12月なので10年以上も前だが
)にも書かれてるが、それは未だ変わっていないのではないかと思う。とはいえ、それが未来に向かっても変わらないとは言えない。起こりうることは起こる。「転倒する余地があるなら、 転倒する」「パウダーで転んで外れたスキー板が失くなる確率は、板とビンディングの値段に比例する」というのがマーフィーの法則だ。

オーケー、とりあえず死なないとしよう。そして、あみだくじ状に引かれたラインの中から比較的安全に滑れるラインを見出せるとしよう。技術的には、雪がある程度良ければ50°は十分可能だ。行けるに違いない。それが最初のバムシーズンやその後の登山経験、カエラズについて見聞きした情報を私なりに嚙み砕いて得た結論だった。 あとは、 積雪状況を見極める力、そして何よりメンタルだった。精神的な理由で行けない自分を許すことが出来ない私は、車中泊の夜長、何晩も寝返りをうちながら逡巡した後、2015年の1月末、一人で猫ちゃんを目指すことにした。


バム2シーズン目となった2015年

すみません、思いのほか長くなってしまったので、2回に分けて一ヵ月後にまた書きます。長文お付き合い頂きありがとうございました!

出典:
日本登山大系 #6
ROCK&SNOW #38
ハンター✖ハンター #10&#21
北アルプスこの百年

2018年2月6日火曜日

Vol.110 カナダ人を日本で案内するとして、ではどこを滑る?

今年もJaPow!ツアーに行ってきました!
お久しぶりです、日本で1月過ごして昨日帰国した秋山が今回のブログを担当します。
以前のブログで”なぜ外人が日本に滑りに来るのか?”について寄稿しましたが、今回はじゃーどこを滑っているのと言うお話です。

ちなみに、今年は1月5日から2月4日まで、8日x3本のツアーを行いました。メンバーは最初のツアーがアメリカ人x2名&カナダ人x2名、2本目が5人のアメリカ人、3本目が5人のカナダ人と奇しくも、アメリカ、カナダ人半々の割合でした。来年も2本催行が決まっていて、既に宿も予約してきました。来年も楽しみですねー。

さて、滑る場所ですが、私の場合主に北海道と長野、新潟エリア。ガイドなので初めての場所でもオンサイトガイディングはできると思いますが、日本の場合駐車場の問題とか宿の問題とか、知っていたほうがスムーズに進む事が多いローカルな情報が多いので、知っているエリアでやっております。まーこの知っているというエリアも初年度、次年度はほとんどオンサイトガイディングでしたので、地元のガイドさんには、快く情報提供を頂き色々お世話になりました。この場を借りて御礼申し上げます。

さて、北海道ですと、
ニセコBC、五色温泉付近、キロロBC、ルスツBC、小樽の塩谷丸山、旭川周辺の江丹別峠、旭岳、紋別方面の浮島峠、テングキャットスキーや音江キャットにも行きましたね。後は富良野岳、十勝岳、富良野スキー場BC

小樽BCは民家の横からスタート。変なところに駐車しないようにしましょう~
江丹別峠は寒いので表面霜が発達する場所。
長野周辺では殆ど見ないですね。カナダではこれだらけ。
あとで弱層になります。。
定番旭岳の噴気孔
音江のキャットツアー、たまにガイドされるのも悪くないです
キロロのBCはいつも深い!
外に出る時は申請とゲート(後ろのテント)からでることをお忘れなく
友人加藤さんがディレクターを努めるテングキャット
今年は新雪40cmで最高でした
新潟は妙高周辺の三田原山は前山、笹倉温泉周辺の昼闇山などのみなので、これは今後黒姫、乙妻、神奈山、アライスキー場などもっとバリエーションを増やしたいところです。

10数年ぶりに復活のアライ。雪崩管理はカナダの会社がアウトソーシング。
友人を訪問だけでしたが、来年は滑りに行こうかな
パウダーエリアをまわるツアーを去年催行しました。
白馬から、上高地を経て日本海、笹倉温泉、小谷経由で白馬へ
運転の途中に文化探訪も忘れません
長野は、北小谷から五竜ぐらいまでと、上高地周辺によく行っていました。小谷は人も少なくパウダー確定なので好きな場所ですが、住人が減ってきて今後道路の除雪状況が不安なところですね。定番の八方、栂池、47、コルチナ、乗鞍あたりのサイドカントリーもやはり外せぬルーティーン。ただ、手軽なだけ競争率が高く、外様ガイドはいまいち立ち回りが悪くてディスアドバンテージがあるのも否めないところです。

上高地では釜トンネルを歩いて抜けます
五竜BCは最後渡渉つき。
八方BC、こんな快晴ないっすよー
小谷BCの大渚山、お気に入りの一つ
他にも群馬、東北、岐阜など明らからに楽しそうな場所がたくさんあるのですが、手を広すぎても精神的に疲れるので、この辺の持ち駒をまわして、やりくりしているわけです。

正直お客さんはどこを滑っているのかを地名すら分からずに付いてきているのも事実。場所は関係ねー、いい場所を滑らしてけろ。っていうのが外人流でしょうか。信頼されているのも嬉しいですですがね。

ということで、日本ツアーも無事に終了し、雪が不安定なカナダに戻ってきましたので、また気を引き締めて残り3ヶ月のスキーシーズンを無事に終わらせたいと思っております。