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2017年8月22日火曜日

Vol.86 白馬は夏も素晴らしかった

こんにちは、イクメンです。
私はかつて仕事を辞めた後、2シーズンだけ冬の白馬で暮らした私ですが、これまで夏はほぼノーマークでした。白馬三山の縦走くらいはしているのですが、生活圏になっている里の様子などは全く知らず、今回家族旅行を絡めて初めて夏の白馬を訪れました。


一枚目の写真は姫川源流です。姫川はここから糸魚川市を流れ、日本海へ注ぐ一級河川なのですが、「川の源流がこれほど明確になっている所も全国的にめずらしい」そうです。名水百選にも選ばれており、冷たく、最高に澄んだお水が頂けます。ちなみに以前冬に来た時は、どこにあるかもわからずに敗退しました。夏に来ても駐車場がわかりにくく、オンサイトは難し目です。


こちらは「大出(おおいで)の吊橋」付近の水路。後立山から流れ出る水がとめどなく流れています。豊かな水と苔むした道祖神が自然と人の営みを象徴しているように感じられました。夏の白馬も素晴らしいです。


ちなみに、今回は家族旅行で参りました。前回申し上げましたが、私は既に夏と秋を諦めました。この間はなるべく山に登らず、家庭内ポイントとルサンチマンをたっぷりと貯めこみ、それらを冬のシーズンに解き放つのです。いわば家庭第一主義。メイク・ホーム・グレイト・アゲインです。


故にこのようなスイートスポットを訪れることも忘れません。こちら花彩は冬にも八方南面を滑った後は毎回寄らせて頂くのですが、辺鄙なところにあるのに夏も大人気でした。安くて美味い!実質丸2日間滞在しましたが、2日とも参りました。


甘すぎるので息子には自重してもらいましたが、いつになく鋭い眼光でこちらを睨んでおりました。こちらもルサンチマンが溜まって…いないことを祈ります。


宿は岩岳にあるロッジを利用しました。岩岳周辺もやはり清流があり、沿道を彩る花や古民家が美しい良い所でした。このあたりはモノトーンの冬に来るよりも趣があるように思います。上の写真は宿にあった白馬の歴史を物語る本です。里は変われど山は変わりません。


1935年!山スキーの歴史も古いですね。


こちらは八方尾根上部。


装備は大きく進歩しましたが、やっていることは今も昔もあまり変わらないのかも知れません。


場面は変わりまして、こちらは泊まっている後立山の対面に位置する青鬼集落です。天気が良ければ雲のあたりに後立山が見れるのですが、今回の白馬滞在中には一度も望めませんでした。


白川郷のように茅葺きとはいきませんが、白馬周辺の集落も古民家が残り、なかなかに趣深い風景を残してくれています。


その後白馬を離れた私は、妻と義母にマイカーと幼子を託し、葛温泉から縦走路につきました。義母が「あの子は山ヤだ。解き放て」と言ってくれたかどうかはわかりません。

しかし、妻とその母の組み合わせは最強で、子育てにおいて高い親和性を発揮します。そのような場面において父親は役に立たないというよりも、むしろ邪魔でしかなく、必要のない存在と言えます。

イクメンは現代社会において、母親のみに育児負担が偏らないための手段であり、不足がちな母性のオルタナティブに過ぎません。つまり、オルト母性。周りに子育ての負担を分散してくれる別の母性がいる場合、父性は解放され、野に向かうべきなのです。子育ての初期段階における父性の活躍は極めて限定的かつ微弱なものであり、これからもう少し役立つことはあるとしても、今は、今はやはり山で有効活用されるべきなのです。


こちらは先日たまたま家にあった本を並べて撮ったものです。どちらが母でどちらが父かは一目瞭然です。

子育てにおいて、私が一番舌を巻くのは、母親の子供に対する共感能力の高さです。
例えば、おむつ替え。私は赤子がおむつに多少の小便を漏らしていても、もう少し貯留してから、まとめて替えればいいだろうなどと考えてしまいます。小便をしていることに気づかないことや、そもそも「オムツは定期的に替えるものだ」ということすら忘れてしまっていることがあります。

妻にとっては論外でしょう。少しの小便を見つけただけで(紙オムツには尿に反応して色が変わる線がある)オムツかぶれを心配して、替えてあげます。蒸れに対しても敏感で、紙おむつだと蒸れて肌によくないから、できるだけおまるや布おむつを使ってあげようと気を遣います。私としては、洗わなくてよく、吸水性が高い、よって替える頻度が低い紙おむつ一択なのですが…。

このあたりはもしかすると母性と父性の違いというより、人間としての思いやりの有無のようにも思えてきたので、これ以上考えるのをやめます。


こちらは宿にあったマンガです。よく主人公に似ていると言われるので少し読んでみたのですが、顎以外は全くの別物でした。


さておき、いずれにしても私は、義母様のおかげで旅発つことができました。


それが登山道であれ、やはり刻々と変わる目の前の景色、その時期にしか見られない動植物に出合う時間は貴重なのです。


そして、最終日には白馬三山を裏側から遠望することができました。


このようにして私の夏山は始まり、終わりを迎えました。再び雪が降り、野に放たれるのを心待ちにしながら、もうしばらくイクメンぶります。

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